【古雅楽館】大人の絵本 Ⅰ

 

この十数年、古雅楽館が購入する本や雑誌は全て趣味関係のものばかり。(古典の)小説や詩集は大昔に買った物を後生大事に保管しているので、その気になれば何時でも読めるのだが、今では表紙を開いたこともなく、押し入れの中に眠っている。趣味本の対象は広範囲に亘るし、置き場所はとっくに飽和状態なので、買うのを出来るだけセーブはしている。いるけれども、やはりついつい買ってしまうのは、我ながらもうビョーキです。最近では【古雅楽館】《航空洋書》のトップ写真を飾った、第二次世界大戦ドイツ空軍戦闘機Fw-190の液冷エンジン装備「D型」の大冊をネットで米国の古本屋から買った。海外の専門書は初版だけで増刷しないものが多く、すぐ絶版になるから中古でも探すのが大変だ。時折(インターネット)マーケットに出ても「ベラボー」な値段がつくのが多いので、何回かスルーしてやっと納得価格で手に入れた。それでも十分に高い値段だったが、払った金額は内緒です。

 

端から見れば、こんなモノに大枚はたいて、これまで購入した何冊ものFw-190関係本を引っ張り出し、「ああだこうだ」と比較しながら読んでいる古雅楽館は奇人変人以外の何物でもない。それは本人も認める所でありまして、「中二病」を未だに患っているのは【古雅楽館】《理科実験》でも述べた通りだ。そんな殺伐(さつばつ)としたヒコーキにうつつを抜かす古雅楽館でありますが、偶(たま)には正気に戻る時があり、「非生産的」時間を費やした反省とアタマに溜まった「毒消し」として、丸っきり正反対の本を読むというか、眺める。

 

相手は画集、もしくは絵本である。物覚えがつく頃から「絵」が好きで、「リトグラフ」や「シルクスクリーン」の絵を何点も購入するまでになったのは【古雅楽館】《絵を飾る》で詳しく述べた。多少付け加えれば思春期の時代、様々な種類の音楽や絵画、文学を貪(むさぼ)るように聴き、眺め、読んで、会得した「自分の気持ちに正直に感動する」ことは、その後の古雅楽館にとって芸術作品やアンティークの価値基準を判断する貴重な財産となった。だから或る時代見向きもされなかったり評価の低かったSF小説や、映画、イラストレーション、音楽なども自分の感性に訴えるものであれば、先入観なしに受け入れることができたし、今でもその気持ちは変わらない。

 

 

 

【写真上】『エレクトリックステイト』日本語翻訳版と本文見開き。以下に掲載した3点のシーンは、ストーレンハーグのHPから転載したもので、敢えてコメントはしません。

 

そんな尺度で長年に渡り買い求めて来た画集(絵本)はそれなりの数になるが、今でも年に数冊は買っている。今年入手した中で一際インパクトが大きかったのは、スウェーデンの気鋭『シモン・ストーレンハーグ』のグラフィックノベル『エレクトリックステイト』だ。ドローン戦争がもたらした荒涼(こうりょう)たる世界(アメリカ)を舞台に、主人公『ミシェル』のモノローグが断片的に語られる。ドローンは操縦者の神経系と直結されるシステムで運用され、その技術は戦後『ニューロキャスター』という全世界を覆(おお)VRネットワークに転用される。生き残った人々はVRネットワークに溺れ中毒状態となり、現実の世界は見向きもされず荒れ果てていく。交通や生活インフラをかろうじて支えているのは、作業に特化した異様な外見をもつAI達だ。『ミシェル』は『ニューロキャスター』を使って弟が操縦するロボット『スキップ』と共に車で海岸を目指す。

 

 

 

荒廃した街の景色、何気ない自然の中に唐突に現れる放棄された戦闘機械(ドローン)、辺りを睥睨(へいげい)するかのように都市の背後に聳(そび)え立つ『ニューログラフタワー』。ページをめくる度に衝撃的な画像が展開する。懐かしいけど不気味で不安を煽(あお)る精緻な描写は、最初ネットで見た時にはCGかと思っていたが、実際に本を受け取ってみると、筆と絵具によるイラストである。本人のサイトを検索して絵の部分拡大を見たときに確信した。色調から見ると画材は多分『リキテックス』だろう。

 

それにしても、画家(イラストレーター)として並々ならぬ力量の持主である。ドローンやロボットの想像を絶するデザイン。壊れて腐食したボディからは部品やケーブル、パイプが内蔵のようにはみだし、うねうねと地面に垂れ下がっている。『ニューログラフタワー』が並び立つ夜景の遠近感、車のフロントウィンドウに滴(したた)る雨粒。どれもが超リアルでCG以上の視覚効果をもたらす。

 

 

しかし、これだけ圧倒的なビジュアルでもストーリーを追いかけるには、読み手側のインスピレーションを全開にしなければならないし、時として難解な文章にちりばめられている謎解きの「キーワード」を探し、自分なりにストーリーの背景を再構築する必要がある。それがこの本の魅力となっているので、今年春に日本語訳が発刊されてから、ネット上で批判や論争が巻き起こったのもうなずける。それだけフアンには強いこだわりのある作品ということができよう。いずれにせよ、『エレクトリックステイト』は視覚に訴える点だけを見てもサイコーの一冊であり、夜オーディオを聴かない時は部屋の明かりを落とし、手元のスタンドだけで紙面を照らす。『シングルモルト』を啜(すす)りながら、もう一人の自分が恰(あたか)も絵の中にいるかのように、デジャヴの世界を満喫(まんきつ)する。

 

【写真下】長年愛用しているダイニングテーブルは本を広げたり、ボトルやグラスを置いてもスペースがあるので、気を遣わずに済む。ペンダントライトが真上にあるのもおあつらえ向きだ。『エレクトリックステイト』を見ながら、この日のモルトは『タリスカー10年』。一日のシメとして至福の一時である。

 

 

 

 

【写真上】我が家の『リンドバーグ』と『北極号』。『リンドバーグ』の表紙が擦れてしわがあるように見えるのは、「絵の一部」です。

 

と、ここまで書きながらふと気が付いたのだが、暮れも押し迫ったブログに暗い『デストピアノベル』で終わらせるのも何となく気が引ける。なので、古雅楽館お気に入りの絵本をあと二冊紹介したい。一つは『リンドバーグ・空飛ぶネズミの大冒険』。1912年のハンブルクで知識欲旺盛な一匹の子ネズミが、アメリカへ渡っていった仲間に会うため蒸気エンジン飛行機を自作(!)、試行錯誤を繰り返しながら大西洋横断に成功するまでの夢溢れる素敵な物語。透明で空気感溢れる水彩のイラストも素晴らしい。ドイツの作者『トーベン・クールマン』の2014年デビュー作で発表されるやセンセーションを巻き起こし、20の言語に翻訳された。何故タイトルが『リンドバーグ』なのかは、結末に「オチ」が書かれている。

 

 

【写真上】『リンドバーグ』の文末近く、子ネズミ自作飛行機ニューヨークへ飛来の図。空から見たマンハッタンの景色が何とも魅力的。本の全ページに渡り、色を押さえたセピア調のトーンで統一しているところが作者の意図を感じさせる。

 

もう一つは『クリス・ヴァン・オールズバーグ』作『ポーラーエクスプレス(北極号)』。サンタクロースがいるのを信じたいけど、本当はいないのではないかと疑いを持ち始めた少年のクリスマスイブ。その夜、少年の家の前に蒸気機関車が牽引(けんいん)する急行『北極号』がやって来る。客車の中は彼と同じくパジャマ姿の少年少女達が乗っていた。列車は北極を目指し、着いた町では世界中の子供たちに配るプレゼントが大きな工場で作られていた。少年はサンタさんからその年最初のプレゼントを受け取る相手に選ばれ、「何が欲しいか」と聞かれると「サンタの橇(をり)に付いている『銀の鈴』が欲しい」と答える。そして・・・。

 

ラストで「サンタの鈴の音は子供たちには聞こえる。だけど大人たちにはもう聞こえない。主人公の少年は大人になった今でも鈴の音を聞くことが出来る。」という信じることの大切さを説く。感性をおざなりにした科学万能主義一辺倒の現代への警鐘ともとれる、意味深なメッセージである。こなれた翻訳は、村上春樹さんによるもので流石です。なお、この作品はフルCGアニメーションで2004年に公開されており、物語を読んで感激した『トム・ファンクス』が『ロバート・ゼメキス』と組んで映画化したという経緯がある。

 

 

 

【写真上】『ポーラーエクスプレス』CGアニメ版プロモーションから。主人公の少年がサンタさんから「ご指名」を受け、その年最初のプレゼントを受け取るシーン。

 

【古雅楽館】《旅の邸宅と白茄子》でも触れた、二番目の娘の男の子も来年は小学一年生。来年のクリスマスには『ポーラーエクスプレス』のDVD10をプレゼントしようかな。では皆さん「メリークリスマス!」&「よいお年を!」。

 

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1.登場人物が相手なしで、一人でいうせりふ。独白。心の内面を表現することで、観客や読み手が感情移入しやすい効果がある。

 

2.Virtual reality (=仮想現実) コンピュータによって作り出される、時空を超えた人口の世界を現実のものとして知覚させる技術。現実には『ニューロキャスター』のように、意識も肉体も完全にその世界に入り込むテクノロジーは(未だ)確立されていない。

 

3.周囲をにらみ、威圧や監視、勢いを示すこと。

 

4.アクリル樹脂を固着剤に用いた『アクリル絵具』のブランド名。『アクリル絵具』は「油彩絵具」の表現力と「水彩絵具」の扱いやすさを併せ持ち、乾燥が早く耐水性にも優れている。『リキテックス』はその草分けで1958年に米国で販売を開始、新進のイラストレーターやアーティストに支持されて急速に普及した。日本で本格的に使われ始めたのは1970年代になってからである。

 

5.「大麦麦芽」を原材料とする『モルトウイスキー』で、単一の蒸留所だけで造られ瓶詰めされたものを指す。仙台市郊外にある「ニッカウヰスキー宮城峡蒸留所」で造られる『宮城峡』は日本を代表する『シングルモルト』の一つ。

 

6.déjà vu (=既視感) 「見た記憶が残っているが、いつ・どこなのか思い出せない」焦燥(しょうそう)感、違和感。脳内の神経系で記憶の伝達(記録すること・呼び起こすこと)にミスが起こり、たった今の出来事が過去体験したかのように錯覚する状態であるという。

 

7.Dystopia  (=非理想郷・暗黒郷) 『デストピアノベル』で描かれる世界に共通しているのは、一見理想的でいながら指導者(人間とは限らない)が国民を洗脳・支配し、極端な格差社会を生み出しており、人間性や表現の自由が否定されている。H・G・ウエルズの『タイムマシン』(1895年刊)が先駆けとみられ、これまでにもジョージ・オーゥエル『1984年』(1949年刊)<【古雅楽館】《紅櫻蒸留所》注5参照>など優れた作品が書かれているが、小説のみならずあらゆるメディアで近年新しい作品が続々と発表されている。映画だと『ブレードランナー』、『ハンガー・ゲーム』、『オブリビオン』<【古雅楽館】《オブリビオン》参照>あたり。

 

8.Thomas Jeffrey “Tom Hanks” 米国で最も成功し、人格面でも優れた俳優(&映画監督・プロデューサー)のひとり。『フィラデルフィア』、『フォレストガンプ』で二度「アカデミー主演男優賞」を受賞している。『プライベート・ライアン』、『グリーンマイル』、『アポロ13』等、日本でも有名な作品に多数出演。アニメーション映画のよき理解者で、声優として『ポーラーエクスプレス』のみならず、『トイストーリー』シリーズでは主人公「ウッディ」としてなくてはならない存在。

 

9.『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で有名な、米国の映画監督。『キャスト・アウェイ』(これもトム・ハンクス主演)、『フライト』等、高評価の作品が多く、『フォレストガンプ』(↑)では「アカデミー作品賞・監督賞」を受賞した。

 

10.この中で『トム・ハンクス』は声優で五役を演じ分けている。日本語吹き替え版では「唐沢寿明」がやはり五役全て担当。なお『トイストーリー』の「ウッディ」も同じく唐沢寿明だ。

 

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【トップ写真】『エレクトリックステイト』から、本文2ページ見開きの一枚。車窓から見た都市の夜空に『ニューログラフタワー』が乱立する。近景の看板や電柱がブレているのが「いかにも」という感じで、臨場感溢れたテクニックは見事と言うほかない(ストーレンハーグのHPから転載)。

 

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