【古雅楽館】オリビン

DSCN1091 DSCN0463

海外旅行が一般化し始めた1970年代、大半は招待旅行を中心とした斡旋(あっせん)団体でJALPAKやLOOK等のパッケージツアーは添乗員付のハネムーンかハイソ(古!)なお客様向の高額商品だった。斡旋団体の目的地は予算に応じてソウル・台北・香港>シンガポール・バンコク>ハワイ>アメリカ西海岸>ヨーロッパで旅行者数もそれに準ずるが、人気から言えばやっぱりハワイだったのは今でも変わらない。私も添乗で随分ハワイに行かされたものだ。パッケージツアーの時は50名全員新婚旅行というのがあったし、ボーイング747を延べ二十回近くチャーターした大手食品会社の招待旅行時は、リーダーとして丸々一機分400名以上のお客様を受け持つこともあった

今ではホノルルに着くとそのままワイキキのツアーラウンジに直行し、ブリーフィングが済んだ後各自チェックインと言うパターンだが、当時は空港からいきなり島内観光とショッピングに出発し、眠い目をこすりながら あちこち巡るのが常だった。これはホテルのチェックインが通常午後からになるのでその間の時間かせぎという理由もある。相当にハードなスケジュールなのだが、考え方によってはハワイ到着日に決めるべきところを決めるので残り三日は朝から自由に使えるというメリットもあった。尤(もっと)も殆どがオプショナルツアーに参加であったが・・・。

ショッピングは二ヶ所、『アロハ&ムームーショップ』と『免税店』だが、前者はハワイの基本日程が時代と共に簡略化、併せてリゾートファッションも様変わりして需要が激減、平成に入って間もなく姿を消した。アロハはまだしもイマドキ、ムームー姿でカラカウア・アベニューを歩く勇気ある日本人女性客はいらっしゃるのでしょうか。3~40年前、その通りは老いも若きもアロハとムームーを着て闊歩(かっぽ)する東洋人で溢れまくっていたのだが・・・。

方や『免税店=DFS』である。当時の海外旅行土産『三種の神器』と言えば洋酒・香水・煙草がダントツで誰もが免税枠一杯に買い込んだものだった。洋酒は大抵ナポレオン(しかもリモージュ焼の陶器ボトル)で上司か得意先、または居間のサイドボードの(海外旅行に行ってきたとそれとなく暗示する)飾りに、香水は奥さんと行きつけのバー(クラブ)のママと女の子に、煙草は勿論『洋モク』で同僚にと用途が決まっていた。それ以外はブランド品のバッグやスカーフ、ネクタイ、ボールペン、腕時計などが主だが、大抵は自分かカミさんのため。友人や同僚への土産となると訪問先の小物でお茶を濁すのが一般的であった。

 HWI 1 HWI 2

HWI 7 DSCN1276

ハワイ土産の一例。【写真上左】定番中の定番、『ハワイアン・ホスト』のドライロースト・マカデミアナッツ缶と『ホノルル・クッキー・カンパニー』の                                           クッキー21個入り化粧ボックス。当然ながら中身は既にカラであります。【写真上右】ミニアロマセット。ソープとアロマオイルの詰め合わせ。                                          【写真下左】如何にもハワイらしいデザインの冷蔵庫マグネット。大柄なので使い易い。【写真下右】珍しくmde in USA なので値段は多少高め。

ハワイ土産では今に至るも人気ナンバーワンはやはり『マカデミアナッツ(チョコレートかホール)』と思うが、国内でも割と容易に手に入るようになったので有難味は大分薄れてしまった(?)。他にクッキーやコナコーヒー、アロマ用品、Tシャツあたりが定番と言えそうだ。日常生活用品も若い方はよく買われるようだが、どちらかと言うと話題作り向きか。

 HWI12 HWI11

HWI 8 

【写真上】海外旅行企画担当時、家族へのハワイ出張土産はクレージーシャツの『クリバンキャット』と 決まっていたが、これは自分用のもの。同じ柄を数着買って、一枚は保管したままの未使用品。プライスタグ(18ドル)のついたレア物である。ロゴの『MOUSERSCHMITT(=マウザーシュミット)』は第二次世界大戦ドイツ空軍主力戦闘機『メッサーシュミット』と同機の機関砲『モーゼル(英語読み:マウザー)』、『mouse=マウス(はつかねずみ)』をひっかけたもの。『HICKAM FIELD(=ヒッカム飛行場)』は真珠湾攻撃で真っ先に爆撃された陸軍航空隊基地。現在は空軍所管で滑走路はホノルル国際空港と共用。今の再販品は翼の色がグリーンなので簡単に判別できる。【写真下】クリバンキャット・キーホルダー。現在は生産中止らしい(?)。

当時はどうだった? ムームーは釣られて買ったものの日本では気恥ずかしくてトテモ着れず、タンスへ直行。マカデミアチョコレート以外となると、ビーフジャーキー、パイナップル(!)、Tシャツの他これといった一般受けする物がなく、皆アタマを悩ましたものだった。が、小物で唯一バカ売れしたものがある。『オリビン』のブローチ、ペンダントがそれで、ワイキキ中のお土産屋にはどこでも売っていた。黄緑色をした小豆粒(あずきつぶ)位の石を金メッキした様々なデザインのパーツに嵌()め込んだアクセサリーで、程々に見栄えがし手頃な値段だから十個単位で買う人が多く、土産物屋の目玉商品だった。

謳(うた)い文句は「ハワイ島の溶岩に含まれるオリーブ色の貴石で、ハワイならではの特産品。ハワイ島では常に溶岩が流れ出ているので産出量は尽きない」。

然しよく考えてみれば誰でも気付くことなのだが、これだけの需要を満たすのにハワイ島の何処に大規模な鉱山があるのだろうか 。また研磨し加工する工場は何処にあるのか・・・。『オリビン(=かんらん石)』は玄武岩に含まれており、ハワイ島の溶岩は玄武岩質だから当然存在する。またハワイ島南端のサウスポイント近くには砂がオリビンのつぶつぶで出来た、その名も『グリーン・サンド・ビーチ』もある。従ってハワイ島特産は頷(うなず)けるものがあるのだが、アクセサリーとしての商業生産となると話は別で、大きさはせいぜい2mm程度、稀に5mmもあれば御の字で商売にならない。それに活火山の地域が『ハワイ火山国立公園10』に指定され、溶岩などの採集は禁止されているのと、何よりも、こっそり溶岩やオリビンを持ち帰ると火山の神『ペレ11』の怒りに触れタタリがある信じられているので誰も採らない12

結論を言えば、謳い文句は半分正しく、半分まやかし。本当のオリビンであれば米本土産13で、当時アクセサリーとして売っていたものは殆どが東南アジア製の練り物か一部が本物のオリビンということになる。なお、オリビンでも透明度の高い原石は『ペリドット14』という名で宝石として扱われ、8月の誕生石だ。この名称を流用し多少名の知れた或る土産店では日本語で、「高品質のオリビンは別名『ペレドット』と言い、ハワイ島の『火山の神様ペレの涙のしずく』に由来します」とヘタクソな手書きの説明書をショーウインドウに貼っていたのだから、大した念の入れようである。

HWI13 HWI14

問題のオリビンをあしらったネックレスとブローチ。【写真左】ネックレスの方は完全にプラ製。【写真右】ブローチの方はまだマトモで先端の三個は                              オリビンだが、花びらはどう見てもプラで退色しているのと台金の爪が少なすぎる。

自分は知っていたかというツッコミがありそうですが、当然存じ上げてオリマシタ。知ってはいましたが、こちらからお客様に入れ知恵するのは営業妨害というもので、それをやっていたらキリがない。今でも世界中観光客目当てのニセモノが溢れまくっているのはご承知の通り。骨董品の鑑定と同じで、本人が本物と満足しているのを「それは偽物ですよ」と断じたところで恨みを買うことすれ、得することはないのと同じだ。

ということで、オリビンのアクセサリーはハワイ旅行の客層が変わるにつれ早々に店頭から姿を消した。現在でもハワイのアクセサリーショップではペリドットを見かけるそうだが、ハワイ島のものは既に絶産したので、アリゾナ産と思って間違いない(と思う)。

HWI18 HWI17

本物のペリドットがこれ。かなり後になって、母親へのお土産にアラモアナのシアーズで買ったが、売り場のオネエサンは産地不明と言っていた。                             アリゾナ産に間違いないと思うが、デザインは今風でないものの、クラックや不純物の入っていない良品。

もうひとつ、何時の間にか消えてしまった往年のハワイ土産を紹介しておこう。『レインボーシュガー』という名で、カラフルに染めあげたグラニュー糖を不規則な模様にガラス瓶へ詰め込んだもの。食品よりはインテリアアクセサリーとして、気の利いたスーベニアだった。オリビンと違って売っている店は多くなく、『インターナショナル・マーケットプレイス15』に数軒あるだけだったが、いつ行っても繁盛していた。ボトルも様々な形、サイズがあって一升瓶程の大きなものもあったっけ。

HWI 3 HWI 4

HWI 6 HWI 5

レインボーシュガー5オンス入り小瓶。ハワイ添乗時代、手頃な土産として会社の女の子に配りまくったので手元に残るのは3個のみ。                                     ボトルはプラスティック製で底に原料が(マウイ島の)サトウキビと明記されている。

残念ながら色が褪せやすく、35年前の状態を保っているのは極レアだろう。私も意識的に暗い場所に飾っているのだが、やはりかなり退色してしまった。ただ、キャビネット掃除の折たまに手に取ると、華やかなりしハワイ団体旅行のエピソードを思い出すよすがとなるので、しまう気にはならない。シュガーという名の記憶の詰まった大切なタイムカプセルである。

HWI10 HWI 9

HWI15                                                                 【写真上】1979年頃インターナショナル・マーケットプレイスのストールでヒッピーくずれのオニイサンから買った手作りペンダント。フリーメイソンのシンボルマーク『プロビデンスの目』であるが、関係ないと言っていた。日本人には気味が悪いと思うが、私も三日三晩通って、帰国前日の夜漸く買う決心をした。その時までにオニイとはすっかり仲良くなっていたのを思い出す。【写真下】殆ど知られていないが、ハワイ特産の一つに珊瑚(さんご)がある。当局の許可のもと採取量はごく少ないので、ハワイ通のアクセサリーとして珍重される。ピンク&レッドコーラルとブラックコーラルが一般的だが、これはゴールドコーラルと言ってローズウッドの様な感触をもつ。時期は違うがペリドットと同じくシアーズの宝石売り場で叔母へのお土産として買ったもの。今回撮影するため30年ぶりに拝借した。このようなシンプルなデザインは現在見かけず、ダイヤをあしらったケバいスタイルが主流となってしまった。

 _______________________________________________________________

1.オセアニアがないのに気付いた方もいらっしゃるだろう。当時東京~シドニー線はパッケージツアーオンリーで 料金も非常に高く、ホテル事情も含め団体を組める環境になかった。大衆化するのは90年代に入ってからである。

2.この時はCA(=すちゅわーです)がお使いになるマイクを借りて、日米の入国手続や書類の説明、サインの案内を延々としたものだった。 

3.滞在中の注意事項や、ホテルの使い方、オプショナルツアー申し込み等の案内をいう。

4.今ではオアフ島観光コース(ツアーバス)に入っていないか、あっても車窓観光のパンチボウルが下車観光に含まれていた。

5.もう無くなった店だからバラスと『サンマリ・ファッション』と『ジャジャファッション』が双璧。年配の方には懐かしい名前だと思います。

6.これ等御三家の免税枠は当時から変わっていない。洋酒は必ず一人3本買うのが常識だったから、夫婦だと酒だけで約6kg分持ち帰らなければならなかった。それ以外のお土産とスーツケース約20kgを持って、上野から特急『ひばり』、後に『リレー号』で大宮から新幹線、仙台に帰る苦労は並大抵でなかった。

7.冗長だが補足すると通称『ビッグアイランド』と呼ばれるハワイ島のことでハワイ全体を指すものではない。御承知のようにハワイ島には現在も活発に噴火を続ける『キラウエア』火山があり、『プウ・オオ』火口から海に流れ込む溶岩(Ocean entry=オーシャン・エントリー)をヘリコプターで空から見るツアーが観光のハイライトになっている(地上からでは近づけない)。

 8.ラテン語のoliva(=オリヴァ:オリーブのこと)を語源とするケイ酸塩鉱物で含有する元素成分により様々な形状になる。ここでは『苦土かんらん石(Mg2SiO4)』を指す。鉄分が多くなるにつれ緑色の濃さが増す<Fe2+2(SiO4)>。

9.グリーンといっても抹茶色で旧火口跡が浸食された半円の地形。私がハワイ島へ行った時、サウスポイントへの道は悪路で大手レンタカー会社は保険対象外だったが今も変わらないと思う。サウスポイントからビーチへは無人の荒野を一時間以上歩かねばならず、断崖を降りるのも一苦労なのでハワイ島初めての方や一人旅には薦められない。

10.Hawaii Volcanoes National Park = 略称:HAVO

11.Pele 正式にはペレ・クム・ホヌア(=Pele-kumu-honua : 大地の源、他にも何種類かの敬称あり)、ハワイで最も有名な女神。絶世の美人ながら情熱的で気まぐれ、嫉妬心が強く怒らせると人々を焼き尽くす。ハワイでは今でも畏怖と共に敬(うやま)われている。ペレを冠した名勝はハワイに何ヵ所かあり、近年オアフ島の『ペレの椅子(=Pele’s chair)』がパワースポットとして人気がある。

12.この話はかなり信憑(しんぴょう)性があるらしく、私も嘗(かつ)てハワイ島の取材撮影に行った際、現地で何人かから聞いたことがある。ハワイ島の郵便局やビジターセンターには溶岩等が入った差出人不明の小包がよく届くとか。

13.アリゾナ州・ニューメキシコ州が主産地。

14.Peridot アラビア語に由来するというが、正確な語源は不明。日本ではあまり馴染がないかも知れないが、古代エジプト・ギリシャの時代から珍重された。複屈折で屈折率が高いため非常に明るく感じるのが特徴。暗くても輝いて見えることから古代ローマでは『イブニング・エメラルド』と呼んだ。8月の誕生石というとサードオニキス(紅縞瑪瑙)がポピュラーだが、個人的にはペリドットの方がお洒落だと思う。なお口上書きのペレドットはスペルが「Pele’s dot」となり当たらずとも遠からず。だが躁鬱の美魔女は涙など流さない。

15.プリンセス・カイウラニ・ホテル隣、モアナ・サーフライダーの向かい。ワイキキのヘソみたいな所で、古くから人気のショッピングエリア。小さな出店が多く、ごった煮的な雰囲気。ショッピングモールかフードコートに建て替えられるというウワサがあるので行くなら「今でしょ!」。

_________________________________________________________

【トップ写真左】クレマチス・プリンセス・ダイアナ。大変人気のあるテキセンシス系クレマチスで花は全開しない。強選定で仙台では年に二回咲く。【右】メドー・セージ。本当の名はサルビア・グアラニティカ(Salvia  guaranitica)で、メドー・セージは別に存在する(サルビア・プラテンシス=S  pratensis)のだが、園芸店ではこの名で流通している。

 

 

 

トラックバック・ピンバックはありません

ご自分のサイトからトラックバックを送ることができます。

コメント 1 件

樋口 より:

レインボーシュガー懐かしいです。うちの親父が1973年ごろハワイでみかけ、真似して作ったものを日本でドライブインや小物屋に卸して商売してましたw一時は結構売れて俺も作るの手伝わされましたっけ。

コメントをどうぞ