【古雅楽館】GIN

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アカデミックなテーマが続いたので、今回は酒の話をしたい。

煙草はやらないが酒は好きだ。ほぼ毎日飲むがかなり偏った飲み方をする。風呂上りに一杯とか、料理と共に優雅にとは全然違って、料理を作りながら飲む。休日以外家族の生活パターンが皆違うので食事時間はばらばら。会社から帰って、夕食は翌日の弁当を兼ね最低一品必ず作るのでその合間に飲む。そう、私は紛(まご)うことなくキッチンドランカーなのであります。

酒は台所に立って飲むわけだから、アルコール濃度が調整できるものが良い。コストパフォーマンスも重要で、飲み残しなどもってのほか。となると缶ビール(発泡酒)やワイン・日本酒といった醸造酒は元々飲まないし割るのが効かないので外れ。結局スピリッツになるのだが、よく飲むのはジンが最も多く、ウオッカ>ウイスキー>ラム>テキーラ、その他の順。 

  Tanqueray Gordon Beefeater

愛飲のジン御三家。【写真左】タンカレー。4回蒸留のキレのある味わいでボトルデザインは消火栓がモデル。【写真中】ゴードン(ズ)。ジンを知ったのはこれが始まり。クラシックな味わいながら飽きがこない。『007カジノ・ロワイヤル』でジェームス・ボンドの悲劇の恋人、ベスパー・リンドから名をとったカクテル『ベスパー』でベースとして指定されている。【写真右】ビーフィーター。ロンドン塔の衛兵『ヨーマン・ウォーダーズ』のラベルはゴードンズと並んでポピュラー。中庸なテイストは多少物足りない感じがしなくもないが、マイルドで飲み心地が良い。

ジンは若い時もたまに飲んだがカクテルベースが主体で、ジンオンリーそれもボトル買いするようになったのはずーと後のことだ。記憶が定かでないが、東京在住時家族を仙台に帰して逆単になった時からだと思う。行儀悪いのを知りつつも一人暮らしなので、飲みながら調理する(或いはその逆)のが当たり前になり、あれこれ酒を試してジンへたどり着くのにそれ程時間はかからなかった。もう20年近く前のことである。

そんな訳でキッチンドランカー歴は筋金入りである。傍から見れば包丁や火を使いながら酒をのむのは危険千万だろうが、長年の修行で飲む手順もルーティン化した。最初の一杯はジン(またはウオッカ)にベルモットを数滴たらした『ドライマティーニ』もどきロック、またはライムジュースとの『ギムレット』(ウオッカのときは『スレッジハンマー』)もどき。二杯目以降は極く薄いソーダ割り、食事までそれが続いて寝る前の仕上げが『ジンスト』かウイスキーのワンショットといった具合である。

ジンの良さは何と言っても「爽快感」であろう。ストレートなら冷凍庫できりりと冷やして、これまた霜の付いたグラスに注いで飲む。ロックもいいし、割って飲むなら絶対ソーダで水割りは全く不向(と断言する)。月に一回あるかないかだが、休日に家族が出払って誰もいない黄昏(たそがれ)時、女性ボーカルのしんみりした曲を聞きながら飲むのは最高。尤もその後夕食の支度という現実に戻されるのだが・・・・。

 「酒は何が好みですか?」と聞かれて「ジンかウオッカです」と答えると、相手は悲しそうな顔をしてそこで話は途切れてしまう。多分ジン・ウオッカに関する話題が見つからないのか、あってもジンが好きな奴はアル中という固定観念があるのだろう。実際ジンの歴史を紐解くと悲惨な物語もあるのだが、それは何もジンに限った話ではない。

New Amsterdam Bombay

【写真左】ニュー・アムステルダム・ジン。カリフォルニア産のプレミアムジンでアメリカらしく極めて洗練された味。最近『やまや』で販売を開始した。【写真右】ロンドン・ドライジンの一方の雄ボンベイ。

1689年にオレンジ公ウィリアムがイングランド国王に就いた時、ジンも一緒にオランダから渡ってきた。国王自ら生産を奨励(しょうれい)し専売が廃止されたから簡単な蒸留装置さえあれば誰でも造れ、ビールより安くて効きが早いので瞬(またたく)く間に下層階級にひろまった。当時悲惨な生活を強いられていた労働者には憂さを晴らす格好の手段だったのである。賃金代わりに安物のジンを供給する強欲な雇い主まで現れ、女・子供まで飲むようになり、暴力沙汰は日常茶飯事、強盗・殺人・アル中・失明・過飲の死亡者が急増し大きな社会問題にまで発展した。記録によると当時のロンドンでは年間(老人・子供含む)一人平均60リットル強のジンが消費されていたという。ひと月当たり1ℓ大瓶5本だから半端でない。赤ん坊や年寄り、上流階級を除けば成人労働者の飲む量は更に高まる。ついにイギリス政府は『ジン規制法』を二回に渡り成立させ、規制の強化と税の引き上げを図ったが民衆から猛反発を買い、1736年の規制法は暴動が絶えず失敗した。漸(ようや)く沈静化したのは1751年の規制法が施行されてからである。

ここで注意しておきたいのは『ジン規制法』が施行されたのは1736年と1751年だいうことである。ともすれば『ジンの狂乱時代』は産業革命と同時に進行したという説がまかり通っているが、産業革命の始まりは1760年代からであり、その頃は既に流行が終わっていたということになる。

B Dry B Sffire

『ボンベイ・ジン』と言えば右の『ボンベイ・サファイア』が有名だ。10種類のボタニカルを使用した上品なテイストは、                                                素敵なボトルデザインと相俟って愛好者が多い。左はオーセンティックで度数も40%に落とした通称『ボンベイ・ルビー』。                                      サファイアより値段が手頃でカジュアルな感じだが、ジンとしての品格を失っていないのは流石。

ジンが英国で再び流行を取り戻すのは19世紀中頃に連続式蒸留機が考案され、雑味のない洗練された酒として登場してからである。これまでの単式蒸留と違った新しいタイプの酒として区別をするため『ブリティッシュ・ジン』、或いは蒸留所が集中する『ロンドン・ドライジン』の名称が普及した。やがてジンは大西洋を越えて新世界に広まったが、カクテルベースとして知名度と需要は飛躍的に高まった。ただし、カクテルとしてのジンはまた別の物語である

話が相前後するがジンの語源は1660年オランダのライデン大学医学教授シルヴィス博士が薬用酒として発明したと言われジンの香りを特徴付ける『杜松(ねず)の実=ジュニパー・ベリー』のフランス語『ジュニエーブル』から名づけられた。オランダ語では『イェネーフェル』または『イェネーファ』と発音、英語読みが『ジェネヴァ』で短縮形がジンになった。

Ashby`s Bols

【写真左】アシュビーズ・ジン。これまで紹介したプレミアムジンを毎日飲んでいる訳ではありません。普段飲みのジンがコレ。                                                                                    ケンタッキー産のアメリカンだが、クセがなくソーダ割り等ロングドリンクに良く合う。                                                                           【写真左】ボルス・イェネーファ・スペシャルボトル。馥郁(ふくいく)たる香りと気品はボルスならでは。                                                        通常のボトルは容易に入手できるが、味を堪能するならカクテルよりもストレートで飲むことを薦めたい。

私が飲むのは『ロンドン・ドライジン』オンリーだが、他にジンの種類としては元祖の『オランダジン』がある。様々なボタニカル(ハーブ)を加えたオリジナルに近い濃い味で、老舗ボルス社のものが有名だ。バリエーションとしてドイツでつくられるやや軽めの『シュタインヘーガー』も入手可能10。なお、『スロージン』という名のリキュールがあり、酒の情報が乏しい時代には「普通のジン(いわゆるドライジン)より効き目が遅い(スロー!)ジンだ」と真(まこと)しやかに教えられたものだが、スローベリーを穀物原料の蒸留酒に浸漬した果実酒である11

Bols 2 Bols 3

このボトルは以前仕事でボルス社を訪問した折、記念として頂いた。中身はとっくに空だがデルフト焼のオリエンタルな色調は他のインテリア小物ともよくマッチする。

終わりに、ジンについてのポピュラーな名言をひとつ。『オランダ人が生みイギリス人が洗練しアメリカ人が栄光を与えた』。

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1.酒飲みならだれでも知っている最も著名なカクテルで、『カクテルの王様』の異名をとる。いずれ考察するつもり。

2.大雑把に言うとウオッカとライムジュースの比率の違いで名前が変わる。ウオッカのの比率が高い方が『スレッジハンマー』。もっと突っ込むとシェイクしない限りこの名は使えない。同じ材料でもロックスタイルだと『ジン(ウオッカ)ライム』になり、自分の飲み方はこちらが正しい。

3.ストレートで飲むのを酔っぱらいはこう呼ぶ。本当かどうか、「 ジンストを飲むようになったら終わり(=アル中)」とは英国人の言葉。

 4.『名誉革命』(=Glorious Revolution)。追放した前国王ジェームズⅡ世がフランスへ亡命したこともあり、反フランス主義をとるウイリアムⅢ世はワインやブランデーに高額の関税をかけ輸入を制限、ジンの生産を保護した。

 5.『Gin Act』 1736年は小売業免許制と税率の引き上げを図ってあえなく失敗。1751年は専売制を目的としたが、成功したのは法律によってではなく不作による穀物価格の上昇で原料に回す量が減ったというのが実情らしい。

6.現在ロンドンに工場のあるジンはビーフィーターだけと言われている。

7.いずれカクテルについても取り上げる予定。

8.ヒノキ科ビャクシン属の針葉樹。実が利用されるのは『西洋杜松』の方。古代エジプトの墓からも見つかるくらい昔から薬用として利用されてきた。スパイスとして料理にも使われるが、 ジビエ(野生の禽獣肉<料理>)の下ごしらえ用が主なので家庭用としては上級者むき。興味のある方はSB食品やGABANから販売されているのでどうぞ。

9.Bols 1664年に『イェネーファ』を製造販売を始めた世界最古の酒造メーカーで、国内ではアサヒビールが提携販売元になっている。

10.Steinhager 日本ではシュリヒテ社のものが流通している。ドイツではビールを飲む前後にストレートで飲むとか。

11.Sloe Gin 元々は英国の家庭で作られてきた果実酒で、ドライジン特有の香りはない。加熱殺菌をしていないので開栓後冷蔵庫で保管しないと変質する。バーでドリンクメニューを出されたとき、ジンのカテゴリーにスロージンが掲載されていたら、店のレベルが知れようというもの。なお「遅い」のスペルはSlow。

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【トップ写真】フレンチ・ラベンダーとコモンセージ。フレンチ・ラベンダーは学名ラバンデュラ・ストエカス(Lavandula stoecus)で庭の環境に合ったのか毎年よく咲く。コモンセージはサルビア・オフィシナリス(Salvia officinalis)といい、ハーブとしての利用がメイン。我家では豚肉で作るイタリア料理『サルティンボッカ・アラ・ロマーナ(Saltimbocca alla Romana)』に欠かせない。

 

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