【古雅楽館】ちか

 

 

「辛く悲しい日」が、またやって来た。あの日(3月11日)とその後の個人的な経験は【古雅楽館】《キャンドルⅠ》に書いたが、生活必需品はストックが十分にあったものの、生鮮食品の入手にはやはり苦労した。ただ行きつけの地元スーパーは極めて良心的で、時間限定ながら毎日店を開いたので、古雅楽館はカミさんと休まず朝一番、買い出しに出かけたものである。仙台市内のあらゆる店では生鮮食品はとっくに無くなってしまったが、何故かここだけは限定的ながらぽつぽつ卵や野菜が入荷し、割当制で何とか手に入れることが出来た。 

 

コトが起きてから五日位過ぎた頃、何時ものように入店人数制限で待たされて漸く店内に入ると、今までずーっと空っぽだった魚屋の陳列ケースに僅かではあるけれど品物が並んでいる。早速検分に行ったらありましたね、久しぶりの生魚が。発泡スチロールのトレイに七~八匹程、小ぶりの「尾頭(おかしら)付き」がラッピングされている。魚の名前は書いていなかったけど、一目で『ちか』だと分かった。数よりも個体の大きいのが入っているのを選んで、即「ワンパック」購入。値段も「いつもより多少高いかな」という程度で、正直な商売姿勢には頭の下がる思いだった。

 

それにしても、素朴な疑問が頭をよぎった。「私達の前に数十人の買い物客がいたのに、何故売れ残っていたのか?」。その訳を支払時、顔見知りのレジオバサンに訪ねてみると、「そうね、今日は十パック以上並んだけど、買った人は少なかったみたい。多分馴染みのない魚なので、料理方法が分からないのかしら。あと、ガス・電気がないから料理自体出来ないからかもね。」とすごく納得のいく回答でした。

 

 

 

 

【写真上】大型の物は25cm位になるというが、普通手に入るものは15cmほど。写真では分かりづらいが、確かに『背鰭』の前端が『尻鰭』より前にある。【写真下左】身が柔らかいので、水を満たした容器に『ちか』を入れ「ためすすぎ」を何度か行う。【写真下右】本文に書いた「漬け汁」に浸した状態。余裕があれば、冷蔵庫に一晩寝かす。

 

古雅楽館は以前から『ちか』を見かける度に買っていたし、《キャンドルⅠ》でも書いたが両親のリビングにはコロナの石油コンロがまだ現役で頑張っていたので、調理に困ることはなかった。家に帰るやすぐに下拵(したごしら)え。真水は貴重だったのでさっと洗うだけにして、丸ごと「おろし生姜+酒+味醂(みりん)+出汁」に漬けておき、時折ひっくり返して満遍(まんべん)なく馴染ませる。夕方になって蝋燭(ろうそく)の明かりのもと、コンロにかざしたフライパンで、家族全員漬け焼きを食べた。一人一匹しかありつけなかったけれど、震災後初めて口にした「生魚料理」だったから感激もひとしおで、厳しい生活を強いられた中の「ほっとした時間」は今でも忘れられない。

 

 

 

 

 

【写真上左】古雅楽館流「魚焼き」はグリルを使わず、オーブンかスキレット(又はパエリアパン)で焼く。これはアルミホイルに包んだ蒸し焼き料理の『カルトッチョ』。【写真上右】焼きあがってフォイルを切り開いた時に広がる、かぐわしい香りが何とも言えず、この料理最大の魅力。【写真下左】難しいのが火加減。外から見えないので、フォイルの膨(ふく)らみ具合と、経験による「勘」に頼るしかない。作例は「ちょっと焼きすぎたかな」といった感じ。【写真下右】ほうれん草を敷いた上に『ちか』を並べて翌日の弁当に。

 

『ちか』は一見『ワカサギ』そっくりで、両者とも「キュウリウオ科」に属する。『ワカサギ』との違いは、『尻鰭(しりびれ)』と『背鰭(せびれ)』の位置が異なること、『ちか』の『背鰭』(の前端)は『尻鰭』より前にあり、『ワカサギ』はその逆。また『ちか』は海でしか生息できない「海水魚」だが、『ワカサギ』は汽水域(きすいいき)や淡水でも生育可能なので、日本各地の湖沼や「ダム湖」に移植され、観光資源として一役買っている。そんなことから、「ワカサギ釣り」は冬の風物詩として、しばしばニュースネタになるけれど、『ちか』は話題にもされずかなりジミである。それに『ちか』は三陸沿岸から北海道以北(サハリン~カムチャツカなど)に住む「地方区」の「ジモト魚」なので、これまた「全国区」の『ワカサギ』に較べると知名度が低く、益々分が悪い。

 

しかしながら「味」の方は全くもって遜色なく、極めて美味。値段もより安いのでCP抜群と言えるのだが、やはり「ジモト魚」の故か大手スーパーにもなかなか入って来ないのが難。調理方法は『ワカサギ』と同じ、天麩羅やフライ・唐揚げにするほか、大型は塩焼等の焼き物にするのが一般的。鮮度が高ければ刺身にもできるそうだが、『アニサキス』に要注意! 漁港の岸壁や防波堤で初心者にも簡単に釣れることから、北海道では趣味と実益を兼ねて釣り人に人気のある魚である。

 

先日、件のスーパーで久しぶりに『ちか』を見つけた。勿論、即「買い」である。『3.11』の後も何度か料理したのは皆「漬け焼き」だったので、今回はシンプルな塩焼きにする。それだけに「塩」選びは重要だから、焼き魚にいつも使うカルディの『ベロ塩』ではなく、多少吟味して北国の魚に合わせ、『津軽海峡の塩』を使用。これは下北半島の突端、「大間崎」の近く「風間浦(かざまうら)村」にある『駒嶺商店』謹製で、海底岩盤から汲み上げた『地下海水』を昔ながらの製法で煮詰め、脱水と乾燥を繰り返して仕上げたミネラル成分たっぷりの逸品である。まろやかでコクがあり和は勿論のこと、洋も相性よろし。ただ洋食系の「塩」も『ベロ塩』以外それなりに取り揃えているので、出番は先ず無いけれど・・・。

 


 

  

 

【写真上】フランス産『ゲランド塩』と並べた『津軽海峡の塩』、「さらさら系」は日本人好み。対する『ゲランド』はじっとりした粗塩(あらじお)の『グロ・セル』で使い道広く、古雅楽館は様々な料理に使う。【写真下左】スキレットと魚焼きフォイルに載せた「塩焼き」は油を絶対使わない。これから余熱で仕上げるところ。【写真下右】さっきと同じく翌日の弁当のおかず。付け合せは(普通の)キャベツと紫キャベツの「コールスロー」。

 

「塩」選びもそうだが、シンプル料理の手順はいつもの「いい加減」は許されない。白身の魚なので、余り前もって塩を振る必要はなく、スキレットに魚焼き用のホイルを敷き、『ちか』を重ならない様に並べて、こまめに火加減を調節する。タイマーは目安と考えて個々の焼け具合をきっちり確認し、八割程度焼けたら後は火を止めて「余熱」で仕上げる。『スキレット』使いのコツである。「青魚」のように焼いている途中、「脂」が滲(にじ)み出てこないのは、ふき取る手間が省けて楽。

 

焼き上げたばかりの『ちか』は、素朴ながらもほんのりとした磯の香りと特有の旨味が混然と融和して格別の味わい。この時だけはスピリッツを控え、ワインの「白」で行く。酒も「おかず」もどんどん進むが、「つまみ」の一つとしてぐっとこらえ、「美味しさの分け前」は翌日の弁当(のおかず)にする。

 

世界中で猛威を振るっている「新型肺炎」による昨今の世相は、恰(あたか)も『3.11』直後を彷彿(ほうふつ)させるが、インフラや物流は普段通りでも、心理的な不安感はもっとひどい。第二の「辛く悲しい日」は、とうに現実のものとなってしまった。誰も経験したことのない未曾有の事態だけに、ともすれば「流言飛語(りゅうげんひご)」に惑わされがちだが、克己心(こっきしん)を強く持って冷静に対処したいと『ちか』を食べながら思ったことである。

 

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1.淡水と海水が混じりあった状態で、一般的には川が海に注ぐ「河口」付近をいう。厳密には均一に混在しているわけではなく、海水の下に淡水が潜り込むような形で沖に行くにつれ、徐々に海水へと変化する。逆に勾配が緩い大きな川の場合、河底部分は内陸部まで海水が侵入する。利根川では嘗(かつ)40km以上も塩水が遡上(そじょう)し塩害をもたらしたことから、逆流を堰(せ)き止める『河口堰(かこうせき)』を建設するに至った。

 

2.海水を煮ながら石灰などの不純物を取り除く、『直煮法』という或る意味原始的な製塩。馴れ初(なれそ)めは『恐山』に」行った時に立ち寄った『道の駅よこはま』で購入したのがきっかけ(【古雅楽館】《恐山》参照)。『駒嶺商店』のオンラインストアからも購入できる。

 

3.『鋳鉄(ちゅうてつ)』製のフライパンのこと。同じサイズのフライパンに較べると、ずっしりと重い。コーティングもされていないので、使用後のメンテナンスは必須。近い中に取り上げる予定。

 

4.根拠、確証のない噂話が世間に飛び交うこと。「トイレットペーパー買い占め事件」は正に典型的な例。インターネット上のサイトはあらゆる情報が垂れ流し状態なので、信じるかどうかはアナタ次第だが、用心することに越したことはない。

 

5.自分の欲望を抑えて打ち勝つこと、「こうと決めたこと」をやり遂げる心の強さ、「自制心」。

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【トップ写真】『チオノドクサ・ピンクジャイアント』が今年も「春一番」の便りを持って来た。昨年の【古雅楽館】《台所改装計画Ⅰ》トップ写真と較べると株数が倍増している。植えっぱなしだったので、今年は葉が枯れ始めたら掘り出して、秋に植え直ししようと思っている。ついでに【古雅楽館】《あわびつぶ》のトップ写真にも載せた『マグノリア・レネイ・アルバ』も数日後に咲いたので、合わせて貼っておきます。

 

 

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