【古雅楽館】私的 明りと暮らし Ⅱ

 

文豪、谷崎潤一郎の作品に『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』という極め付きの随筆がある。古雅楽館が初めて接したのは高二の頃だったと思うが、一読して文章の魅力に引き込まれ、折を見ては何度も繰り返して読んだ。内容は「日本古来の自然と生活の一体感が昇華して独特の美を生み出した源は、『陰影』を積極的に活用した感性にある」というもの。言葉を変えれば、「光と影」の在り方は、西洋文化では影の否定「隅々まで明るく照らす」ことに執心(しゅうしん)したのに対し、日本文化は影の肯定「光と影の織りなす空間を創る」ことに意を注いだという。その観点から芸術や文化、建築や食器、果ては厠(かわや)の在り方に至るまで、風雅の真髄を会得していた日本人の美意識について考察が述べられている。(フラットな)けばけばしい光よりも「電灯を消した家があってもいい」と主張する発想は、漸く今になって「照明術」メソッドの一つとして認識されるようになったが、この随筆が出版されたのが80年以上も前であったことに驚かざるを得ない。

 

いつの日か親が建てるであろう新築住宅を夢見ながら、大学ノートにパースを描きまくっていた古雅楽館コドモの頃のストーリーは≪明かりと暮らしⅠ≫に詳しい。ガキのくせに当時は異端とも言える照明コンセプトを、後付けで強力に補強したのが『陰影礼賛』だった。読んだ時は思わず「我が意を得たり」と有頂天になったものである。「月とスッポン」程の違いがあるにしろ、ずーっと前から自分と同じ考えを持つ方がいることを知り、すっかり『陰影信奉者』になった古雅楽館は、新築が決まったら自分の部屋だけでも「光と影の表現」を絶対に実践して見せると固く心に誓ったのだった。その後の下りも≪Ⅰ≫に書いた通りである。

 

このように『陰影礼賛』が古雅楽館に与えた影響は極めて大きく、「随筆」として文章力向上の「教科書」になったのは勿論のこと、骨董(アンティーク)との接し方、(日本)建築の見方、そして光と影を「どのように取り入れ表現するか」、文字通り「座右の書」となった。勿論、具体的な手順は何一つ書いていないのだが然し、繰り返し読んでいる内に洗練された文章の行間に暗示された宝石のような「アイデア」を見出した時の喜びは、「解かる人にしか解らない」。今にして思えば、「眼光紙背(がんこうしはい)に徹す」とは正にこのようなことを指すのであったろう。

 

《Ⅰ》の文末に続く我が家リノベーションは【古雅楽館】《絵を飾る》に概要を述べたが、照明についてはリノベ前の部屋に住んだ経験に加え、より一層『陰翳』を際立たせることが出来るか、大いに(楽しみながらも)悩んだ。新しいリビングルームは、食事や読書といった日常の生活以外にもAVやオーディオを楽しむ部屋であり、長年集めてきたコレクションの展示室でもある。それぞれの目的に適した照明は皆異なるが、中途半端に妥協しないのが自分に課したシバリだったから、天井にベタ付けの蛍光灯やシャンデリア風の装飾過剰なペンダントは全く眼中になかった。熟考した末に決めたプランは天井に『ダクトレール』を設けてスポットライトを主体とし、補助としてライトスタンドも併用するというもの。

 

 

 

【写真上左】台所側のダクトレール。スポットライトと奥にペンダントライト。【写真上右】ベランダ側のダクトレールで左が「ツインパラレル蛍光灯」、右がスポットライト。奥のツインライトはワイヤーで双方のダクトレール中間にぶら下げている。

 

『ダクトレール』は別名『ライティングレール』とも言い、コの字型の断面を持つ「バー(=棒)」である。両内側を電気が流れるので専用の照明器具を自由にスライドさせることができ、取り外しが簡単であることから家具の配置替えにも柔軟に対応できる。またライトの数や電球の種類を組み合わせることで目的にピッタリの照明が可能となる。今でこそ『ダクトレール』はインテリア照明器具の一つとしてポピュラーだが、リノベを行った35年前は小住宅用に使うことはあまり認知されてはおらず、店舗や飲食店等の業務用照明が主だった。工務店の方も「こういった器具(ダクトレール)を備え付ける家はなかなか無いですよ。」と仰(おっしゃ)っていたものである。天井に取り付けるレールのレイアウトは基本的な「ロ型」にしたかったのだが、AV用プロジェクターも導入するのでスクリーンへ投写する際の干渉を避けるため、変則的なパラレル配置とした(写真参照)。

 

照明器具は当然ながら業務用しか手に入らず、東芝のハロゲン球スポットライト10台とアキバの「ヤマギワ」で買った松下電器製『ツインパラレル』業務用蛍光灯2台を用意し、配置の試行錯誤を繰り返した。当初は計12台あちこちにぶら下げてみたが、まんべんなく取り付けたスタイルは如何にも「店舗」といった感じで、肝心の『陰翳』が霞(かす)んでしまう。セッティングにメリハリをつけることで立体的な照明空間が再現できるのを知ったのもその時だった。やがて個々の定位置が決まると共に、スポットライトが10台は多すぎるのに気付き、7台ほどに落ち着いた。

 

 

 

【写真上】ダクトレールはクリスマスイルミネーションにも自由自在に応用できる。全て専用フックにコードを結び付けてアレンジ。点灯もタイマーでいとも簡単。

 

それからはレイアウトを変更せず20年以上過ごしてきたが、一大変革が起きたのは10年ほど前に家庭用に販売され、この数年目覚ましい普及を遂げたLED電球の登場である。第四の照明ともいわれるLEDが鳴り物入りで各社から発表された当初、古雅楽館は一項に興味を示さなかった。理由は「寒々とした陰惨な明るさ」に尽きる。蛍光灯の「昼光色」とも異なる、「白さ」は極めて無機的でその光に照らされた途端に何物も生気を失った様に感じてしまう。そんな明かりの下では決して食事はするものかと思ったものである

 

この欠点はメーカー各社でも掌握(しょうあく)しており、それからしばらくして漸く「電球色」が販売されるようになって、値段もこなれてきた。古雅楽館行きつけの「IKEA」にも数年前から電球色のLEDが並び始め、種類も増えて『エジソン球9』が出始めてから、やっと古雅楽館リビング照明の一員に認知されるようになった。現在では四種類の「タマ」すべてが『ペンダントライトソケット』に取付けているが、電源はレール専用ソケットか「レール専用引掛けシーリング」から取っている。また電球の位置はレールから直下にぶら下げている物はなく、並行して走る別のレールにフックをつけて其処からワイヤーでコードにテンションをかけて長さを調節している。この裏技は仙台PARCO地下のおしゃれなインテリアショップ『UNICO』のディスプレイにヒントを得たもの。このようにアイデア次第で色々応用が効くのも『ダクトレール』の強みである。『エジソン球』を加えてからは、オレンジの暖かな色がノスタルジックな雰囲気を醸し出して、以前よりも更なる『陰翳』が強調される好ましい結果となった。

 

 

【写真上】オーディオを楽しむ時はこんな感じ、ツインライトとテーブルスタンドの組み合わせ。時にはスピーカー側のフロアスタンドになることも(【古雅楽館】《明かりと暮らしⅠ》参照)。

 

週末に子供たちが泊まりに来る時のリビングは、天井の照明は全てON、食事の時はダイニングテーブル上のペンダントライトとどれか一つのレールを、コレクションを眺めたいときはケースの上のレールといった使い分けをしている。オーディオの時はツインライト10とフロアスタンドだけで、これは最も『陰翳』がビビッドに強調され、音楽と併せ非日常的な空間を創り出す。こんな「照明ごっこ」は『ダクトレール』あればこそで、楽しみは尽きない。最近では見た目「トウモロコシ」そっくりの新型電球、『LEDコーンライト』に注目している。我が家のスポットライトにも装着可能だから、今度はどんな『陰翳』を演出できるのかいずれ試してみたい。その結果はいずれ・・・。

 

_________________________________________________________________________________

 

1.初出は雑誌『経済往来』193312月号と19341月号で、単行本は1939年に刊行。戦後海外でも翻訳され、特にフランスでは「(西洋と異なる)美に関する思考」が知識層へ大きな影響を与えた。

 

2.旧い言葉で「トイレ」のこと。語源は諸説あるが、大昔のトイレは小川の上に掛け渡した小屋で、そこから「川屋」と呼んだというのが(多少マユツバモノだが)もっともらしい。

 

3.「常に内容を引くことができるように手元に置いておく本」、「自分にとって人生の励みになる本」。ここでは前者。

 

4.書物に書いてあることを、字句だけではなくその背後にある真意、深い意味まで理解すること。

 

5.「あちら」ではありませぬ。Audio/Visual(=オーディオ・ビジュアル)のことで、一般には大画面TVやスクリーンと「ドルビーサラウンド」等の立体音響を組み合わせたシステム、またはそのシステムで観賞する行為。

 

6.基本的な原理は「白熱電球」と同じだが、電球内部に封入する『不活性ガス』に微量のヨウ素や臭素等の『ハロゲン』を加えることにより、強力な光を発する。演出効果の高い「キラキラ感」のある光源なので、商業施設や舞台照明などの業務用に多用される。スタイリッシュで長寿命な反面、高価なのでCPが高いとは言い切れない。また用途に特化した電球の種類が多いので口金の互換性がなく、器具選びにはそれなりの知識を要するのと、点灯時は極めて高温になるので火傷に注意しなければならないなど、一般家庭での使いこなしは簡単ではない。それでも古雅楽館が『ハロゲン球』に拘(こだわ)るのは、コレクションや夕食のライティングにこれ以上のドラマティックな効果をもたらす光はないから。

 

7.第一の照明=ろうそく、第二の照明=白熱電球、第三の照明=蛍光灯。

 

8.照明された物の色の見え方に影響を及ぼす光源の特性を『光の演色性』という。「対象となる物の色の見え方が忠実であるか」と「色の見え方が(心理的に)好ましいものであるか」が評価方法となる。「忠実性」の評価基準はJISで定められているが、専門的すぎるので省略。本文に書いた「生気の感じられない明るさ」は、ヒトの目には見えない「青の波長が強すぎる」か「赤の波長が欠落して」色のバランスが悪かったためで、「演色性が低い(悪い)」と表現する。最新のLED球は改良が進み、「演色性が高い」製品が一般的になりつつある。

 

9.に記した「第二の照明」白熱電球の発明者、トーマス・エジソンから名付けられた電球で、発明当時の原型を再現したもの。透明な電球の中にフィラメントが見えるのが特徴。リプロとして売り出された時は文字通りの白熱電球だったが、最近ではLEDに代わられつつある。タマ(バルブ)の形状も様々で、心を和ませる落ち着いた光はレトロでおしゃれな雰囲気を併せ持つ。

 

 

【写真上】ツインライトは本文で述べた様にダクトレールに差し込んだフックとピアノ線のワイヤーでテンションをかけて吊るしている。布製コード付き真鍮(しんちゅう)ソケットは以前、仙台のリサイクルショップから格安で手に入れたもの。

 

10.「ツインソケット」に組み込んだ二個の電球で、ソケットのデザインは直線型と逆V字型がある。古雅楽館のは写真のように後者で、小型の『エジソン球』が空間によくなじむ。

 

___________________________________________

 

【トップ写真】スポットライトが照らす、リビングの展示スペース。右からピンバッジやガラス小物、ドールなどが住んでいる「キュリオケース」。一番上にはタイ山岳少数民族の「カミサマ」(いずれ書く)と青森産の鳩笛。真ん中は鉱物標本と顕微鏡などのアンティーク実験器具が並ぶ「ショーケース」で上に並ぶのは『座繰り』(【古雅楽館】《座繰り》参照)。一部しか写っていないが左のアンティークショーケースにはカメラ類と実験器具。壁にはフィジーとアフリカのマスク。

 

トラックバック・ピンバックはありません

トラックバック / ピンバックは現在受け付けていません。

コメントをどうぞ