【古雅楽館】メモ魔 Ⅰ

 

時は遡(さかのぼ)って20015月、タイ北部の古都チェンマイの夜。ホテルからほど近い「メ―・ピン川」沿いの遊歩道にある「屋台」で男四人がビールを飲みながら談笑している。昔馴染みではない、全員昨日初めて会ったばかりだ。古雅楽館現役時代、タイ政府観光局と航空会社が主催する、旅行代理店向けタイ視察ツアーに参加した折の光景である。

 

ツアーのメンバーは15名ほど、政府観光局スタッフの方以外は各社の企画担当者ばかり。成田からバンコク経由でチェンマイに着き、二晩目の夜『カントーク・ディナー』の後、一旦ホテルに戻ってから飲み直しにやって来たのだった。普段はライバル同士でも、仕事の内容は同じだから共通した話題が多いので、打ち解けるのも早い。中でも酒飲みはお互いすぐ分かるので、意気投合して二次会に及んだのだ。

 

周りは「ナイトバザール」のような派手な電飾や喧噪(けんそう)もなく、ゴミも落ちておらず、こぎれいで落ち着いた静けさ。地上の「光」は点在する民家の明かりと街灯だけ。月は昇ったと思うが山陰に隠れて見えず星空は半分が雲に隠れて、「メー・ピン川」の漆黒(しっこく)な川面(かわも)は音もなく悠然(ゆうぜん)と流れていく。

 

 

【写真上】「メー・ピン川」の夜。最近の撮影なので我々が訪れた時より川岸が明るい。あの頃の光量はこの写真の1/4位で、本文にあるようにもっと暗かった。

 

タイ名物の屋台は、この界隈ではここひとつだけ。先客が二人ほどいたが、我々が行くと「頃合(ころあい)良し」と見たのか、席を譲って出ていった。石畳の歩道、街灯の真下に店があって、折り畳み式の背の低いテーブルが一つと原色のプラ椅子が8人分くらい。椅子は日本の風呂場にある『風呂いす』そっくりで、屋台の脇に重ねており、客が必要な数だけ取り出して座る仕組みである。大衆食堂もそうだが、メニューなぞ置いてないから、カタコトのタイ語とジェスチャーで注文する。ただ仲間の一人は現地旅行会社の部長で「タイ語」はお手のもの、皆安心してお任せ。古雅楽館も料理名だけはタイ語を知っているので、不安は全くなし。気の合う同志で酒を飲む楽しさはこういう時である。

 

注文ついでに屋台を観察すると、街中で普通にみかける総菜中心のスタイルではなく、若干のツマミを揃えた『麺屋台』である。屋台脇の石畳には調理台を照らす蛍光灯と小型の冷蔵庫用にポータブルガソリン発電機、コンロ用のプロパンガスボンベが並び、テーブルの上はプラのティッシュボックス(中はトイレットロール)、箸箱(はしばこ)、プラケースに並べた調味料が置いてある。屋台のオッサンは我々を日本人と見たからか、頼みもしないのに「水」を出してくれた。ともすれば東南アジアでは「生水」は危険というイメージがあるが、我々は全く気にせず。ペナペナのアルミカップに、おまけで氷を入れてくれる親切さだ。

 

 

 

【写真上左】「麺屋台」の一例。これも最近の写真だが昔と余り変わっていない。【写真上右】上が『バミー』で下が『クイティアオ』(参照)。左に見える卓上調味料セットが『クルワンプルーン』(参照)。

 

ならば、注文する側としても本気モードで売り上げに協力せねばなるまい。手始めにタイガービールを頼み、おつまみを物色。決めたのは「イカのホーリーバージル炒め」、「チェンマイソーセージ焼」である。一皿ずつ出てきたのを自分の皿に取り分けて、プラのスプーンとフォークで食べる。ソーセージは「レッドカレー風味」のスパイシーな味で、なんぼでもビールが進むが、そこは自制してペースを落とし、会話を楽しむ。〆は定番の汁ビーフン『クイティアオ』。食材ケースの中を覗(のぞ)くと太麺、細麺の二種類があり、古雅楽館は「きしめん」のような太麺を注文。トッピングは肉団子(ルークチン)と空心菜(パックブン)にもやし(トゥアンゴーク)。スープは例に漏れず薄味なので卓上の調味料で自分なりに補う。勘定はワリカンで店主にお礼を言い、皆気持ちよく小一時間ほどチェンマイのオプションを楽しみました。

 

と、ここまで読んで不思議に思われた方もいらっしゃるに違いない。「20年前の出来事を何故こんなにコト細かく書けるのか?」。 

 

「答え」は簡単明瞭。図入りの詳細な記録を取っていたからであります(↓)。(個人的)観光旅行とは異なり、いやしくも「業務出張」であるからにして、きちんとした出張報告書を作成しなくてはならない。それに今後のカタログ制作に係わる有益な資料としても、可能な限り記録するのは企画担当者として当然の任務である。ということで、今回イラスト入り旅日記は5日間11ページ。ノートは長年愛用の『システム手帳』である。

 

【写真下】恥ずかしながら、この時のメモを公開。屋台の取材は、ほぼ2ページ見開きに記入。今では廃盤になった『ハイテックC』特色も使用しイラスト入りで書いた。メモ内容は本文にある通り。

 

 

 

当時古雅楽館は海外旅行企画担当者でその後関連会社へ出向になり、退職するまで殆どの期間を海外旅行カタログに携わった。ツアーの企画から始まって、海外旅行カタログや販促物の制作管理、最後はカタログの発送任務まで、全ての業務を体験したのは多分今に至るも古雅楽館だけだと思う。特に海外旅行カタログ制作管理責任者の時は、全体の制作スケジュール管理が大変だった。年間二回発行される方面別カタログ、その合間に発行される準カタログ10、タイアップやキャンペーンに対処したスポット物、ベーシックなCP優先の単品11、マニュアルに至るまで常に進行状況を把握していなければならなかった。カタログ制作工程は一方面をとっても、大抵スケジュールが何種類もかち合っているため、企画担当者・制作プロダクション・印刷会社との調整は必須で、資料や写真の収集など付随的な業務も多く、単なるメモ書き程度は通用しない。忘れたり判別がつかなくなった等、事故る確率大なので、面倒でもきちんとした字で書いておくことが絶対に必要だ。

 

当時の会社ではPCこそ導入されていたものの、個人用の携帯タブレットは無く、データ通信もやっと端緒(たんちょ)についたばかりだから、依然として手帳や小型ノートにアポや作業工程を記入する従来通りのスタイルが主流だった。そんな個人データ管理に革命を起こしたのが『システム手帳(ファイル)』である。1984年日本に初めて販売された『ファイロファックス12』は、売り物の利便性は勿論のこと、皮表紙の存在感と見た目のカッコ良さから、TVの「トレンディドラマ」に「小道具」としてしばしば登場し、流行に敏感な「業界人」必携のアイテムとなった。

 

古雅楽館も日々増大する情報の整理に頭を悩ませていたが、偶々アメリカホテルチェーンの営業マンから『システム手帳』を薦められ、使い始めたのがそもそもの始まりである。丁度ブームになり始めた頃で、国内外のメーカーから新製品が相次いで発売され、併せて今では考えられないくらい、多種多様の『リフィル13』も並行して発表された。『銀座伊東屋』のワンフロア1/3が『システム手帳』関連グッズで占められていたし、専門の雑誌まで発刊された程であった

 

時を同じくして、「パイロット」から革新的な「ゲルインキボールペン14」『ハイテックC』シリーズが発売された。極細の文字でも滲(にじ)むことなくくっきりと書けるのと、インキのカラーバリエーションが豊富で、『システム手帳』とは絶好のコンビになり、最初は疑心暗鬼で始めた『システム手帳』は、古雅楽館にとってなくてはならないものになった。お陰でスケジュール管理以外に、様々な情報や家計簿から食事まで、オフィシャル・プライベート問わず、事細かに記録して『メモ魔』の面目躍如(めんもくやくじょ)たるライフスタイルが出来上がった。出張の折は薄手の専用バインダーに「デイリープラン」、「金銭出納帳」、数種類のカラー「横罫(よこけい)ノート」、「方眼ノート」、「無地」を綴じて、付箋紙と「ゲルインキボールペン」の組み合わせが最強の武器であった。

 

 

 

【写真上】行動記録の「リフィル」は「絵入り」もあることから、無地が一番。左はチェンマイ初日と二日目朝食のメモ。バンコク入国審査と乗り継ぎについて。前頁(ここでは省略)には搭乗機の登録番号(HS-TGZ)、離陸に要する時間(45秒)まで記録している。右は続きで二日目の「時間入り」全行動記録。ホテル視察やら、『エレファント・キャンプ』、『メーラム・オーキッド・ファーム』、『ドイ・ステープ寺院』など目白押しのスケジュールだ。左下のイラストは『タイスキ』で有名な『コカ・レストラン・チェンマイ店』の昼食メニュー。

 

『システム手帳』へのこだわりはいずれ書くとして、ここで述べたタイ出張時の紙面を公開します。スペルに間違いがある可能性と、プライベートなコメントも多く、ちょっと恥ずかしいけど、時も経ったことなので御笑覧下さい。絵や文字の一部が既に廃版となった珍しいカラーの『ハイテックC』で書かれているのが今となっては貴重かも。

 

同様な海外出張記録は他にも残しているので、いずれ編集して紀行文を発表したいと思う。但しあくまで昔の「旅日記」であって、昨今のドラスティック15な世界情勢の変化は、どんな旅行体験も忽ち「過去完了形」にしてしまう。まあそれが「旅の楽しさ」と言ってしまえばそれまでなのだが・・・。

 

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1.タイ北部(ラーンナ―)、北東部(イサーン)等で出される「ハレ」の料理。本来は「宮廷料理」で、日本の「足付御膳」によく似た丸いお盆に何種類もの料理を小分けにして盛り付けたもの。特長は通常のタイ米の代わりに「もち米『カーオ・ニャオ』」を食べることで、タイ北部の伝統的な食生活にちょっとだけ触れることが出来る。なお、チェンマイを訪れるツアーには、オプションとして必ず「カントーク・ディナーショー」があり、旅行会社は勿論ホテルのツアーデスクでも申し込むことができる。チェンマイでは最も人気のあるツアーの一つだ。ただこの頃(またはそれ以前)から料理は外国人観光客向けにアレンジしてあり、古雅楽館みたいな「リアル現地食探求派」にはお呼びでない

 

2.チェンマイ観光の目玉。チェンマイ中心部にある複合マーケットの総称で、それぞれに特徴がある。共通しているのは、目移りしそうなほどのレストラン、屋台のグルメと、「バラマキ土産」からシルバー製品、ファッション小物、絵画、仏像まで売っている無数の土産店で埋め尽くされていることだ。言うまでもないがここでのショッピングははっきり「お土産」と割り切り、「掘り出し物」は期待しないこと。このブログに書いた頃はまだしも、今では「生活骨董に至るまで手に入るお店はない」と断言できる。

 

3.この日の月齢は「19」、月の出は20時45分頃。日中の天気は「晴時々曇り」。

 

4.【古雅楽館】《タイ料理 Ⅰ・Ⅱ》参照。

 

5.普通、「調味料入れ」には小ぶりのガラスやステンレス容器が4個、柄付きの皿に乗った「セット」になっている(クルワンプルーン)が、ここでは食品メーカーの「ノベルティ」らしい、持ち運び型プラスチックケースに入れてあった。この卓上調味料セットはタイ全国中の大衆食堂、屋台に必ず置いてあり、一般的には ①粉唐辛子(プリック・ポン) ②酢漬けの輪切り生唐辛子(ナム・ソム・プリック) ③砂糖(ナムターン) ④ナンプラー の組み合わせである。この店ではナンプラーが瓶ごと別に置いてあって、ペースト状の甘辛い『ナムプリック・パオ』が代わりに入っていた。

 

6.本来はシンガポール発祥だが、東南アジア圏でも広く飲まれている有名なビールで、タイでも五大メジャービールにランキングされている。タイに醸造所が出来たのは丁度この頃だったが、私達が飲んだのは「タイ醸造」なのか定かでない。

 

7.『パット・カプラオ・プラム―ク(=Phat kaphrao pla muek)』 ホーリーバジルと一緒に炒める『パット・カプラオ』はタイ屋台の定番メニュー。オーソドックスな材料は鶏肉(パット・カプラオ・カイ)や豚肉(パット・カプラオ・ムー)だが、急速に発達した物流のお蔭で、タイ北部でも(冷凍物の)アサリやエビ、イカ等が容易に手に入るようになった。

 

 

 

【写真上左】『パット・カプラオ・プラム―ク』一例、現地タイのレシピ集から拝借。【写真上右】『サイウア』。写真では切り分けてあるが、店によりごろっと転がったまま出ることも多い。大きさは「トグロ」を巻いた30cm程のものから、大きめのウインナーまでサイズは様々。

 

8.『サイウア』 (サイ=腸 ウア=詰める) 豚肉のミンチに玉葱・ニンニク・プリック・パクチー・タクライ(レモングラス)・バイマクルー(コブミカンの葉)等のハーブ類を混ぜたスパイシーなソーセージ。『ゲーン・ペッ(レッドカレー)』に風味・辛さが似ていることから「レッドカレー・ソーセージ」の異名がある。

 

9.【古雅楽館】《タイ料理Ⅰ》にも書いたが、タイの代表的な麺は米を原料とする『クイティアオ』と、小麦原料の中華麺そっくりな『バミー』に大別される。更に『クイティアオ』は太い順に『センヤイ』、『センレック』、『センミ―』に分かれ、他に「素麺」に似た『カノムチーン』がある。いずれも「米粉」をドロドロに溶かして「バット」に敷き、蒸すまでは同じ。『センヤイ』はそれを幅1015ミリに切った「生麺」。『センレック』は干して乾燥させ幅13ミリに切った「乾麺」。『センミ―』は前二者と異なり、「ところてん」のようなやり方で原料を押し出して作る乾麺で、太さは1ミリ以下。

 

10.代表的なものでは「年末年始カタログ」、「夏休み特集カタログ」、「海外ウェディングカタログ」がある。

 

11.往復の航空+ホテル+送迎だけ、行程内容を最小限に抑えた割安感優先、「価格志向」のツアー。参加者の希望に応じてホテルを選べたり、食事や観光が追加出来る。パンフレットは通常、表裏2ページだけのA4サイズ一枚なので、印刷業界では『ペラ物』と呼ばれる。

 

12.システム手帳の元祖。1921年、英国元軍人のアイディアで「ルーズリーフ式」の用紙を、革表紙のバインダーに綴じる手帳として発売したのが始まり。その後発表された用紙のサイズや種類、六穴リングメカ等、『システム手帳』の基本的なパーツやサイズは、全て『ファイロファックス』が基準となっている。開発のコンセプトを反映して、戦前のユーザーは医者や大学教授、経理士などの専門職が多く、第二次世界大戦では英国陸軍将校の標準装備品に指定された。英国の辞書にも項目があるほど有名な手帳だけに、まつわる伝説も多いが、その話はいずれ。

 

13.手帳の中身、交換可能な用紙のこと。現在は、ほぼ出尽くしの感があるが、紙物より「名刺入れ」や「付箋紙」、多目的のファスナー付きポケットから専用電卓まで、工夫を凝らした変り種のリフィルが大手文具店で手に入る。

 

14.何種類かの物質が均等に混ぜ合わさった状態を『コロイド』、その液体状を『ゾル』、個体状を『ゲル』という。『ゲルインキ』は水に染料または顔料と増粘剤を加えたインキで、状況に応じ「粘度」が変化するのが最大の特徴。ボールペンの『リフィル』内部では常時『ゲル状』だが、書き始めると先端のボールが回転して接触部を『ゾル状』に変化させ、隙間から液状のインキが筆跡として紙などに記録される。書かれた後は即、元の『ゲル』に戻るため滲(にじ)まず、水にも強いというメリットを持つ。本文にもあるように、発色が良いため一時期は限定版で微妙な色合いのペンもシリーズで発売されたことがある。「水性インキ」に似た性質から、滑らかな書き味も人気のひとつ。唯一の欠点はインキの減りが早いこと。ついでに分かりやすい例として『ゲル状』の食品を探すと、「コンニャク」、「ゼリー」、「かまぼこ」などがある。

 

15.Drastic = 徹底的で強烈な、過激な、思い切ったさま。

 

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【トップ写真】前回に引き続き、竜飛崎灯台。この写真から二ヶ月経った今、情景はがらりと変わって「津軽海峡冬景色」そのものであろう。

 

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