【古雅楽館】 PNG Ⅱ

 

《続き》

 

ワイキキ滞在最後の晩は何事もなく過ぎ、ツアーデスクを店仕舞いしてホノルル駐在のスタッフと夕食をとりながら情報交換。明日の空港送りとバゲージピックアップの時間を再確認して別れた。センターは夜10時までやっているので時間はまだ十分にある。件(くだん)の店に行くと、中央にあるレジの中にアロハを着た大柄な白人の男性が手持ち無沙汰に立っている。私が店内に入ると、いち早く見つけてニコニコしながら向こうから近づいて来た。「いいカモがやってきた」のか「暇つぶしの話し相手が出来た」のかは分からないが、若い時のウォルター・マッソーに何となく似た、人のよさそうなオッサンである。

 

「〇〇(最初に会った店のお姉さん)から話を聞いたよ。日本からのお客さんでPNGに興味を持った方はあなたが初めてだ。まあコチラでも関心のある人は滅多にいないがね。」と一方的に早口で喋り始めた。古雅楽館にはコトバの1/3程度しか理解できない。何とかテキトーに相槌(あいづち)を打ってごまかしながら説明を聞いたが、なにせ昔の事なので細かいことは忘れてしまった。前号写真に載せた教科書を読み返しながら記憶を辿(たど)ってみると、概要は次のようなものだったと思う。

 

 

【写真上】古雅楽館のコレクションでも珍品のひとつ、『コテカ』。早い話が「ペニスケース」で、ニューギニア島の先住民『ダニ族』と『ヤリ族』(インドネシアとPNG両国に居住)の男性が着用する下着の一種。盛装かつ装身具でもあり、着用者の意識としては服を着ているのと同じである。これは文化的価値観の相違であるから、決して面白おかしく扱ったり、蔑(さげす)んだりするのは控えたい。材質は「ひょうたん」の一種で、一か月ほど水に漬けてドロドロになった果肉を掻(か)き出し、何度も水洗いして外皮を乾燥させたもの。注で記したワイキキのお土産屋へ二回目の買い物の際、の「かまどの神」と一緒に購入したが、結果的にこれが最後のショッピングになってしまった。

 

面積がグリーンランドに次ぐ世界第二位の島である「パプア島」は東がPNG、西がインドネシア領だが、PNG側の国境沿いに流れる『セピック川』は年間水量の増減が極端で、水位は5m以上も上下する。その流域に住む先住民『アベラム族』は主食の『ヤムイモ』を信仰し、アニミズム2の様々な掟による儀礼が生活の中に浸透している。祖先や森の精霊を祀(まつ)るのに木彫りの像やマスクを製作するので有名だが、長年受け継がれてきた制作技術は純粋に美術面からも高く評価されている。最近では世界中の美術館・博物館がハンターを雇ってセピック川流域の村々にある先祖代々の作品を買いあさっており、ここに陳列している物は私の友人がそのスキを狙って現地で直接交渉し手に入れたものばかりだ。今後益々入手が困難になると言っていたし、同じものは二度と手に入らない。ハワイ全島でもPNGを扱っているのはウチとラハイナに一軒あるきりだが、アチラは数点ぐらいしか置いていない。

 

話はちと大げさな感じだが、もっともらしい気もした。それに昼間の不可思議な体験はこの時間になっても店内に入った時から、どこか言いようのないムズムズした気配を感じる。まさか神がかり的なことを話しても、胡散臭(うさんくさ)い印象を持たれるだけだから、そんなことはおくびにも出さず、コレクションとして購入したい旨だけを話した。

 

「さっき言ったように先祖代々の像やお面は現地でも簡単には手に入らなくなって来たし、PNG政府が国外持ち出しに制限をかけようとしている。これら作品の入手は今後一層困難になると思うので、買うなら今の内だ。」商売上手なのか本気なのか、やたら煽(あお)り立てる。「じっくり吟味(ぎんみ)してから決める」と言うと、「疑問があったら遠慮なく声をかけてくれ。」とようやく開放してくれた。

 

 

 

【写真上左】ワイキキのお店、再訪時に手に入れた『竃(かまど)の神』。『竃神』は洋の東西を問わず古くから各地で祀(まつ)られており、日本では大概(たいがい)が男神(火の神)である。こちらは見ての通り女性ながら、歯をむき出した表情は結構怖い。【写真上右】これも「おっかない顔」した女神像。何のカミサマか不明であるものの如何にも精霊が宿っているかの如き「オーラ」全開。印象がキョ―レツなので糸車の後ろに住んでもらっている。サイパンに出張の折、町はずれの大衆食堂で「ぼっち飯」を取った後、隣の雑貨屋に何気なく立ち寄ったら遭遇(そうぐう)した。ワイキキの疑似体験を再現した訳だが、そのストーリーもそれなりにヤバいのでいつか書く。

 

一人きりになると、昼の出来事を思い出しつつ、呼びかけた犯人捜しを始めた。店内は夕食後の買い物客でそれなりに混んでいたが、こちらのコーナーには誰も来ないのでゆっくり品定めができる。作品は全部で20点ほど、その中には食器や小道具類もあり、それらを除外すると15点あまり。鰐(わに)や鳥をモチーフにした作品は違和感があるので残りは10点ほどになった。更に絞り込むとマスクはどうもそぐわない気がする。こんなやり方の消去法で残ったのは木像五点(だったか)に絞られたが、その時点で本命は決まったも同然だった。実は最初から「これではなかろうか」とうすうす感づいていたのだが、客観的作業で自分の行為を正当化しようとしていただけなのだ。

 

 

【写真上】ご夫婦像は【古雅楽館】《インセンス》にも登場願っているので、今回は正面から撮影。奥さん右側の「ウミユリの化石」やその後ろ「八代貝」は既に【古雅楽館】で紹介済である。ダンナの左手は東南アジアのアンティーク類。

 

特定した相手は一対の夫婦像である。旦那は高さ30cmあまりでニッコリとほほ笑んでおり、それよりも小柄な奥さんは明らかに「妊婦」だろう、お腹に手を当てこれから生まれてくる子供を愛しんでいるような顔をしている。おどろおどろしいカミサマ達と違って、二人とも極めてまったりとした幸せで穏やかな顔つきが古雅楽館の心を強く惹(ひ)きつけた。古雅楽館との出会いを待っていましたと話しかけているようでもあり、正に「声なき声」が聞こえるような気がした。

 

「これしかない」と決心してマネージャーに声を掛けると、「これに目をつけるとは、さすがだね、あなたならきっと選びそうだと思った。何故って?セピックの木彫では極めて異色の作品だからさ。」神像と異なり、外連味(けれんみ)のないこれだけ具象的な木彫像は、あまり制作の対象にならないらしい。先祖崇拝ではなく、家内安全のお守りとして作られたものなのか、制作年代こそ比較的新しいものの、手の込んだ制作技術や控えめの彩色は、観光客向けの土産品とは明らかに出来が違うとのことだ。接着剤等一切使わず、一本の木材から透かし彫りを使って削り出した技法も極めて見事である。

 

「他では得難いものなので、末永く大事にしてくれ給え。きっと御利益(ごりやく)があると思うよ。」とは実利主義で現実的な米国人らしからぬ発言である。久しぶりに売れたからなのか包装も(米国にしては)丁寧で、サイズの合う箱を見つけて来てクッション材まで詰めてくれた。それなりの金額ではあったが、この日一日の出来事を振り返れば、正に「一期一会(いちごいちえ)」ではないかと思うと苦にもならない。満ち足りた気分でマネージャーにお礼を言いつつ、「今度ホノルルに来たら、また立ち寄る」旨約束し、ご夫婦を連れて帰った。

 

 

【写真上】すっかり我が家に溶け込んだ感のあるお二人、ユーモアあふれる表情に心が和む。本当は他の精霊も含めて供物を供えるべきなのだろうが、インセンスを焚(た)くことで勘弁してもらっている。

 

古雅楽館が初めて手にしたPNGの彫像は長い旅路を経て「終の棲家(ついのすみか)」に落ち着いた。この辺の経緯(いきさつ)は以前書いた《イコン》と同じである。それからはリビングルームの一隅で、良いことも悪いことも我が家族に起きた様々な出来事を見続けて来た。「3・11」の際はダメージを免れ、その後娘たちの結婚、そして出産。4人いる孫は皆安産で、やはりマネージャーご宣託(せんたく)は本当だったのかと、あの日の出来事をつい昨日あったことのように思い出す。30年も同居していれば呼び声は感じなくなったけど、スピリチュアルな交遊は今でも続いている(と信じている)。

 

毎週末は娘が子供達を連れて我が家へ泊まりに来るが、昨年8月に生まれたばかりの三番目の子がリビングで寝ているときも、ほんの目と鼻の先でご夫婦は優しい表情で見守っている。

 

【写真下】PNGと同じ『メラネシア』に属するフィジーに行った際、購入したマスク。イメージや造形はかなり共通している。右はアフリカ、コートジボアール『ダン族』のマスク。35年前昭和の終わり頃、日本橋「高島屋」で買った。以前にも書いたがアフリカ系は余り興味がわかず、マスクも二点しか所有していない。右下は『座繰(ざぐ)り』(【古雅楽館】《座繰り》参照)。

 

 

《この項 終わり》

 

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1.1920年~2000年 米国の男優。アカデミー賞・ゴールデングローブ賞を受賞。コミカルな演技に定評があった。出演した映画で日本でも人気を博したものでは、「おかしな二人」、「サブウェイ・パニック(1974)」、「がんばれ!ベアーズ」等がある。

 

2.世の中、万物全ての物の中に霊魂・精霊が宿っていると信じる概念、及び信仰。かつては宗教の原始的な形態として捉えられ、近代化社会には存在を失うものとされてきた。現在は文明宗教の根底にも存在し、今でも日常生活の中に観念が残存しているものとして、新たな見直しがなされている。

 

3.ハワイ・マウイ島最大の街で、「ホエールウォッチング」等、マウイ島オプショナルツアーの拠点。近くにあるカアナパリのホテル群からは、必ず旅行者が訪れるので、中心の『フロント・ストリート』は朝早くから夜遅くまで賑わっている。嘗(かつ)ては「ハワイ王国」の首都だったこともあり、落ち着いた雰囲気で古雅楽館も何度か訪れたことのある素敵な街だ。

 

4.現在PNGでは、1970年以前に作られた精霊像等の工芸品は持出禁止となっている。古雅楽館が所蔵する作品は数こそ多くはないものの、夫婦像も含め全てそれ以前の時代だから、今となっては大変貴重。

 

5.世間受け狙いの、「はったり」や「ごまかし」を利かせたさま。

 

6.一生に一度だけの機会や出会い。生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意。

 

7.それから一年弱後、最後のハワイ添乗で訪ねた折に、件のマネージャーは「ショバ代(=テナント料)が高くなって、商売がやりづらくなってきた」とこぼしていた。「近々向かいのワイキキ・ショッピングセンターへ移る」と言っていたが、その後古雅楽館は転勤。しばらく間があって、本社パッケージツアー・ハワイの企画担当となり、最初の出張で訪ねた時、それらしき店は見つけられなかった。

 

8.人生最後の時を迎えるまで生活する住まい。

 

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【トップ写真】『カトリック小樽教会 富岡聖堂』。1929年(昭和4年)に建立され、小樽市の歴史建造物に指定されている。前回記した社員旅行二日目に小樽を訪れた際、帰りしなに立ち寄った。独特の外観は中世ロマネスクとゴシックのハイブリッド様式だが、古雅楽館には寧むしろ『ロシア正教会』の印象を強く感じる。正面中央のを組み合わせた記号(『モノグラム』という)は「エックス・ピー」ではなく、「キー・ロー」と読む。これはキリストのギリシア語綴り『Χριστος』の最初の二文字を同じ形のラテン文字に置き換えたことに因む。なお、キリストに関するギリシア語やロシア語の小ネタは【古雅楽館】《イコンⅡ》を参照されたい。

 

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