【古雅楽館】 紅櫻蒸留所

 

昨年11月末、社員旅行で札幌と小樽へ行って来た。ここ数年仕事の関係で不参加が続き、前回行ったのは【古雅楽館】《ストーンクラブ》で書いた「鎌倉」以来だから、もう5年にもなる。旅行自体はその内スタッフの誰かさんがブログに載せると思うので、極めてワタクシ的な旅の結末を紹介します。

 

実を言うと行き先が札幌と決まった時、古雅楽館には心に期するところがあった。たとえ単独行動になろうと場所が不便であろうと、先ず一番に行くべき所をほぼ決めていた。札幌市営地下鉄「南北線」、南の終点「真駒内(まこまない)駅」東部に広がる丘陵地帯の「紅桜公園」、その中心部にある『紅櫻蒸留所(べにざくらじょうりゅうしょ)』である。「聞いたことがない」って? そりゃそうだ。オープンしたのは昨年(2018年)4月で、北海道初となるジンの蒸留所なのだから。

 

蒸留所を説明する前に、どうしても母体となる『紅桜公園』から始めないといけない。総面積25,000坪という広大な園内は、元々が起伏の多い自然林だった土地を明治22年(1889年)、北陸から入植した初代園主等が一生をかけて開墾(かいこん)、三代目園主の代になってプライベートな作庭を始めたのが端緒(たんちょ)で、その後数十年かけて造園作業が続き、1955年には一般に開放され、それから半世紀以上に渡り市民に親しまれてきた。作庭するにあたってイメージしたのは先祖故郷の地、石川県の『兼六園』だったという。その影響で園内は自然を残しつつも「和」のテイストを感じさせる落ち着いた雰囲気があり、特に中高年のお客様に人気が高いとのこと。名称の由来も秋の「紅葉」春の「桜」から取られたそうで、実際にGWの花見と10月中旬紅葉の季節は開園と同時に駐車場が満車になるくらい混雑するそうだ。

 

これだけの規模が大きい公園が、実は個人所有で公営ではなかったというのはオドロキで、「ヒト・モノ・カネ」の面でも、維持管理費が大変だったことは想像に難くない。そんなこともあってか一昨年夏、札幌の企業『北海道自由ウヰスキー株式会社』園内の施設ごと全面的に取得し、新たに「株式会社紅櫻公園」として再発足した。同年秋から施設の改装工事が進められ、昨年420日にリニューアルオープン。同時にかねてより計画していた蒸留所も一週間後の26日に完成。ジンの製造が始まった。

 

 

 

【写真上左】蒸留所入り口に掲げられた看板。敢えて錆の出やすい鉄板を使用して、時の流れを表現するとのこと。ロゴは「ウヰスキーの『ヰ』を象徴したデザイン。【写真上右】ロゴマークは「ピンバッジ」としても売られているが、『本館』でしか入手できない。

 

この数年、酒造業界にあっては『クラフトスピリッツ』が世界的に流行している。『クラフト』には色々な意味があるが、ここではインディーズ系のこだわりを持った少量生産と定義する。大資本のメーカーから独立した、文字通り小規模蒸留所で手作りさながらの製法で蒸留・ボトリングし、一回で生産する量は数百本が普通で、大手メーカーが大量生産するスピリッツとは、生産過程は同じでも手の加え方が根本的に異なる。

 

日本で『クラフト』ブームの魁(さきがけ)となったのはビールで、1994年の酒税法改正で規制緩和が実施されたことを発端とする。これにより全国各地で続々とビールの生産が始まったが当時は(一部は今でも)『地ビール』と呼んでいた。でも「地」をスピリッツの頭に付けるとこんな感じに。

「ジジン」、「ジウオッカ」、「ジラム」、「ジテキーラ」、何ともしまらない。

なので、英国を発祥とするネーミング『クラフト・・・』が日本でも最初から一般的になり、同時進行形で『クラフトビール』の呼び名も主流になった。

 

『クラフトジン』が世界的なブームになったのは2008年、EUに於ける蒸留酒に関する法定義が改正されたのが契機で、プロの世界ではこの年を『クラフトジン元年』と呼んでいる。市場に出たのは英国が最初で、翌2009年『シップスミス2』が少量生産だがこだわりの強いジンの販売を始め、大量生産されるジンとは全く異なる風味が人気を呼び、新規参入の造り手が急増、蒸留所の設立が爆発的に世界中へ拡散した。

 

何故これほどまでに『クラフトジン』がトレンドになったのかは、いずれ稿を改めるとして、日本は僅(わず)か二年前の2016年二社が生産・販売を開始。世界の潮流に較べると比較的遅いスタートだったが、その後は加速が早まり全国各地に新蔵が展開、現在は20か所を超えるまでに至っている。だから『紅櫻蒸留所』が開設されたのは決してウケ狙いや奇をてらった訳ではなく、会社の名が示すようにマーケテイング戦略の一環と言えるだろう4

 

5年前の【古雅楽館】《GIN》で書いたが古雅楽館の「ジン歴」は古く、四半世紀以上も飲み続けている。これだけ飲みまくっていれば、『クラフトジン』にいち早く注目したのも、「ジン知」のなせる業だ。それに愛読している雑誌『料理通信』昨年9月号の特集記事、『日本のクラフトスピリッツのを知る』を読み直すにつけ『紅櫻蒸留所』も紹介されていて、ブランド名『9148』(の限定品)を手に入れたい気持は強まるばかり。それにデビューしてまだ半年も経たない9月、香港で開催された「キャセイパシフィック・香港・インターナショナルワイン&スピリッツコンペティション2018」で、20か国から出品された78銘柄中、最高位の「トロフィー」に次ぐ「金賞」を獲得したのだから、レベルの高さは保証済だ。てな訳で最早、蒸留所を訪ねることは絶対とまで、自己強迫観念が高まってしまった。

 

 

【写真上】本館外観。中央が玄関・下足室で、右手が厨房。北海道大学構内にある『札幌農学校第2農場』の『バーン(=納屋)』と共通したイメージの北海道らしい建物。

 

当初の予定は札幌市内でメンバーと別れ地下鉄で真駒内へ行って、そこから徒歩という算段だったが旅行当日、クルマの経路変更が団員のミナサマに了承され、幸いにも公園入口まで送ってもらった。公園自体は冬季休業に入ったばかりで、駐車場には車一台なく、木々を吹き抜ける風の音しか聞こえず、ひっそり感が半端ない。少々不安だったが、それでも林の中を進んで行くとHPで何度も見た蒸留所と『紅櫻公園本館』が見えてきた。建物はどちらも北海道らしいクラシックな木造で時代を感じさせるが、なかなか味のある外観である。

 

見学と試飲の許可をもらうべく本館に行くと、受付におばさんが一人いて何やら忙しそうに厨房(ちゅうぼう)と行き来している。多少気後れしたものの、その旨告げるといとも簡単にOKがでた。とても気さくな方で「誰もいないけど写真は自由よ。車を運転しなければ試飲出来るから、見学終わったら寄ってね~♬」。こういうコトバに弱い古雅楽館は、「ほっ」とすると同時に、束(つか)の間シアワセな気分であります。

 

 

【写真上】本館向かいにある蒸留所。一見二階建てだが蒸留機器導入にあたり、二階の床は取り払って梁(はり)だけが残され、奥の一部が原形を留めている。

 

元々倉庫だった蒸留所内部は思ったよりもこじんまりとして、何の飾りもないワンルームの造りは吹き抜けで、一部が中二階になっている。土間の中央にデンと据え付けられているのが蒸留装置一式で、イタリアは『バリソン』社製のもの。同社の装置は世界中の蒸留所が導入しているほど信頼と実績のあるシステムで、業界では有名な存在だ。

 

見学とは言っても部屋のキカイを見るだけだし、側(そば)には行けないので、写真を撮ったらおしまい。本館に移動して約束通りジンの試飲にチャレンジした。本館は天井の梁(はり)がむき出しの大広間で、ジンギスカンのテーブルが奥まで並んでいる。中央が座敷、窓際の板の間が椅子席、地元では美味しいジンギスカンの穴場として知る人ぞ知る焼き肉店だったのが、最近はTVにも紹介され、かなりの盛況だとか。おばさんが忙しそうに立ち回っていたのは、昼食の準備だったのだ。

 

 

 

【写真上】蒸留装置一式。誰もいなかったので個々の装置については不明だが、中央の「釜」は心臓部の『ポットスチル』。ウイスキーの蒸留所は何度か見学しているので、他の機器も大体の予想はつくが、軽々しい説明は控えておく。

 

出入口近くのレジ隣には小さなバーカウンターがあり、おばさんがしばし手を休めて、お目当ての『9148』を試飲させてもらった。何しろクラフトなので、生産量はバッチ50本の限定だから既に完売したシリーズもある(蒸留の都度、レシピ番号と時にはコードネームを付けている)。試したのは#0102(蒸留所直売限定品)、#1922(ネーミング「sapporo」、地域限定品)、#3891(「benizakura」、季節限定品)の三種類である。噂にたがわず、どれもがボタニカルの微妙な違いを感じさせるものの、ジンの特徴である『ジュニパーベリー』の風味はしっかりと保たれていて、外連味(けれんみ)のない正道を感じさせる仕上がりだと思った。長居をして仕事の邪魔をするのも悪いから早々にお暇(いとま)を告げたが、購入したのは残り僅か3本しかない#3891。旅行前に目をつけていたのがこれだったので、入手できたのは超ラッキー。ボトルの中に「モミジ」の葉が一枚入っているのが何ともオシャレだ。

 

 

 

【写真上左】今回ゲットした『9148』#3891。カートンボックスと併せて、ボトルデザインは札幌在住のアーティスト、端聡(はた さとし)氏によるもの。【写真上右】『9148』のボトルは全て共通だが、ラベルには二か所4桁の数字が刻印されていて、左下は蒸留日を、右上はレシピ番号を表わす。手作り感覚溢れる『クラフトジン』ならではのこだわりだ。

 

帰りは(勿論)徒歩で「五輪通」を経由して地下鉄「自衛隊前駅」まで20分強かかったが、目的達成の満足感で気分が高揚(こうよう)し、しんどいとは全く思わなかった。端(はた)から見れば物好き以外の何物でもないけど、信念を貫いて実行すれば幸運が付いてくる証(あかし)だと、一人納得している。現在ボトルは我が家の冷暗所に保管されていて、今の所開栓するつもりはさらさらない。北海道で半年ちょっと前に創業したばかりの蒸留所へわざわざ足を運び、ぎりぎりセーフで手に入れたレア・プレミアム物を、そんなに容易(たやす)く飲めるものか!

 

今後『9148』のニューバージョンが出れば、ネットで手に入れることもあろうが、『クラフトジン』は「ジャパニーズ」も含め、他のブランドも最近では容易に手に入るから、今は専ら其れ等を飲んでいる。いよいよ#3891を飲むという時が来るのは恐らく『末期(まつご)の水』であろう(と勝手に決めている)。ただ、候補の(蒸留)酒が既に何種類かあるので終活にはまだ多少時間はあれど、旅立つ前にカミさんか娘たちへどれを指定するか、密(ひそ)かに思い悩む今日この頃であります。

 

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1.お気づきのように、会社名と蒸留所名の「桜」は登記上、旧漢字である。よって本文でも呼称の際は旧書体を使用している。

 

2.Sipsmith  20093 月 ロンドン西部に開業。ロンドンに蒸留器『ポットスチル』が持ち込まれたのは、200年ぶりであった。『ロンドン・ドライジン』を主力に6種類のスピリッツを生産。『ドライマティーニ』に最適のジンとも言われ、ワンバッチ330本だが2016年に「ビームサントリー」の傘下に入ったこともあり、日本ではネット通販で入手可能。

 

3.20168月「京都蒸留所」が操業開始、ブランド名『季の美』。もう一つは岡山県老舗の造り酒屋、「宮下酒造」(創業大正4年<1915年>)が20169月に発売を開始した『岡山』。

 

.会社は「いずれ将来、ウヰスキーの製造を目指す」とのことだ。

 

5.国の作家、ジョージ・オウエルの小説『1984』をオマージュとし、「19」と「84」を逆にしたネーミングである。その経緯(いきさつ)は蒸留所のHPに詳しく述べられているが、オウエルへの憧憬と「自由」の尊さと「希望の未来」へ託した意味合いが込められている(林社長は「自由な世界、自由な発想、自由な価値観への思いを込めて商品名とした」と語っている)。小説自体は未来世界、全体主義国家による個人の自由剥奪、洗脳の恐怖を描き、折からの冷戦下であった英米でベストセラーになった。今に至るも思想や文学、芸術に大きな影響を与えている。

 

6.Barison Industry 北部イタリア・アルプス山中、オーストリアに国境を接する「トレンティーノ=アルト・アディジェ州」の都市ボルツァーノに近い、ガルドロに工場を構える。創設は1965年と比較的新しいが、顧客の要望により80年代にスピリッツの蒸留装置を独自開発してから頭角を表し、高品質の蒸留装置製造メーカーとして信頼を得る。現在各種蒸留酒(ジン・ウオッカ・ウィスキー・ブランデー・ラム・グラッパ)用にそれぞれの専用機が用意されている。イタリア(それも北部)だけあって『グラッパ』専用蒸留器があるのがいかにもという感じ。

 

7.batch 「一束」、「(一度に作られる)パンひとかまど」、「(一度に作られる)酒の分量」。転じて艦船の設計に際し、基本設計は共通ながら最新の兵装やコンピューターシステム等が追加され、進化して行く改型(のグループ)を『バッチワン』、『バッチツー』として区分する(特に英国)。

 

8.通常は形容詞としてコスメでは「植物性の」とか「植物成分を含む」、ファッションでは「フラワー(花)」に対して「茎や枝葉も加えた植物全体」を表現した意味合いで用いられる。ここではジンに香りをつける植物原料(ばかりとは限らないが)を指す。どのような材料を選び、どのように配合するかは作り手の技量とセンスによる。主に使用されるのは『ジュニパーベリー』の他、『レモン』、『コリアンダー』、『ブラック/ホワイトペッパー』、『シナモン』、『クローブ』、『アンジェリカ』など(個々の説明はいずれ)。『9148』には他に「日高昆布」や「切り干し大根」、「紫蘇(しそ)」、「椎茸」なども使われており、また限定品には「ライラック」や「桜の花」といった季節の素材も加味されている。

香りをつける工程はアルコール度数の高い原酒(『ベーススピリッツ』といい、『9148』は「札幌酒精」が造る95/5%がベース)に、各種『ボタニカル』を加え蒸留させる。『ボタニカル』の選択と組み合わせる比率次第で個性の違いが明確に表れるため、スピリッツの中でジンだけが持つ最大の特徴にもなっている。

 

9.Juniper berry 針葉樹の『西洋杜松』から採れる「実」でベリーの名がつくものの、果物の様な甘酸っぱさはない。味は苦く強いので料理やハーブティーの利用は限られるが、個性的香りはこれなくしてジンとは言わない。

 

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【トップ写真及び写真下】『紅櫻蒸留所』の前に行った、札幌の「真駒内滝野霊園」にある新名所『頭大仏』。元々は「御霊供養大仏」と呼ばれていたが、後に世界的に有名な建築家、安藤忠雄氏により「大仏殿」が建立された。コンクリート打ちっ放しの本殿は外部がライラックの丘となっており、外からは頭しか見えない。大仏様の近くへ行くと、頭上には文字通りの「青天井」が広がり、極めて印象的。20167月から一般公開され、我々が訪ねた時も(多分)安藤ファンと思(おぼ)しき中国人のカップルが熱心に写真を撮っていた。

 

 

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