【古雅楽館】 庭の訪問者

 

古雅楽館の庭が花木だらけなのは前にも書いたが、この数年、冬はまだしも春から秋にかけては鬱蒼(うっそう)と葉が茂り、それこそ『大鉈(おおなた)を振る』わないとどうしようもない状態になってきた。木蓮は花が終わるとかなり大胆に剪定(せんてい)するのだが、その後出てくる新梢(しんしょう)は樹勢が強いのかひと夏で1・5m以上も伸びるので毎年剪定しても追い付かない。しかも枝を切る箇所は地上2~3mの高さだから、ハシゴを登って枝を落とすのは年寄りにとって結構アブナイ作業である。流石に鋸(のこぎり)は電動に替えたが、狭い庭なので切った枝を地上に落とす時も細心の注意が必要だ。

 

秋になればなったで落ち葉の量が半端じゃなく、風の向きによっては御近所様にも迷惑がかかる。カミさんは「もういい加減、業者に頼んで伐採(ばっさい)したら」と仰(おっしゃ)るのだが、例え10/365日でも満開時の見事さは筆舌(ひつぜつ)に尽くしがたいし、わざわざ花見に来る方も入らっしゃる程だから、がっかりさせる訳にはいかないのである。

 

然し「ジャングル化」した庭もいい所はあって、半日陰の地上は「宿根草」が育つにはすこぶる適した環境になり、30種類近くある「クレマチス」は元気に育ち、毎年美麗な花を咲かせてくれる。それと周年、色々な種類の野鳥がやって来るので、居ながらにして「野鳥観察」が楽しめる。特に『メジロ』と『ヒヨドリ』は我家の常連で、冬から早春にかけて餌が少ない時期、ベランダに林檎(りんご)を置いておくと一日に何回も食べにくる。

 

 

 

【写真上】『メジロ』が古雅楽館に居つき始めたのは、去年あたりから。それまでも春先に見かけたのだが、最近は週に何度もやって来る常連客になってしまった。

 

『メジロ』は日本の野鳥では最も小柄な部類に入る小鳥であり、警戒心がそれ程強くないので観察も容易だ。古雅楽館へは番長の居ない時を見計らって何時も番(つがい)でやって来る。とても仲睦(なかむつ)まじいのには、「我が身」を振り返って反省させられること大であります。ただ動きがせわしなく、写真を撮るタイミングがとりにくい。連写しても使えるのは10枚撮って1枚位か。

 

『ヒヨドリ』は庭に棲みついてから何年経つだろう。寿命は4~5年と言われるからずーっと同じ個体とは思えない。すっかり我家(庭)の主(↑)と化し、我が物顔で飛び回り、キョーレツに縄張りを主張している。道路脇に植えた金木犀(きんもくせい)の枝の中がお気に入りの場所で、リビングの東窓に接しているから、窓一枚隔てて1mちょっとの距離しかないのに、古雅楽館と面と合わせても動ずる気配が全くない。

 

ぼさぼさアタマで気が強く、ガサツな性格は愛鳥家にもあまり好まれていないようだが、毎日『一挙手一投足』を目にしていれば情も沸く。朝の三時間は家事労働で台所、リビング、ベランダを行ったり来たりしているから、向こうも古雅楽館を認識しているのは間違いない。賢い鳥で、ベランダの果物が無くなると、台所で食器を洗っている古雅楽館へ催促しに飛んで来ては、窓越しに喚(わめ)きたてる。野鳥だから甘やかすのは禁物だが、ついつい餌をやってしまう。色々な果物を与えてみたところ、最も気に入ったのはキウィフルーツで(贅沢!)柔らかくなり過ぎたヤツを一個置いたら、二日で平らげてしまった。

 

 

 

 

 

【写真上】我家の「番長(番鳥?)」、『ヒヨドリ』様。餌が無い時も「偵察」にやって来て、その姿を見かけない日はない。【写真下】金木犀の茂みの中で、しばしくつろぐ。オートフォーカスとシャッターの音に気付いたのか、こちらに向かって「ガンを飛ばす」アニキ(多分)。可愛げないと言うか、気が強いコトリさんであります。

 

一心不乱に林檎を食べている様子を眺めていると、果汁で濡れそぼった嘴(くちばし)春めいてきた陽に照らされてつやつや光る。ふと古雅楽館が大好きな詩、草野心平の『富士山』を思い出した。

 

川面に春の光は まぶしく溢れ

そよ風が吹けば 光たちの鬼ごっこ

(あし)の葉のささやき 行行子(よしきり)は鳴く

行行子の舌にも春のひかり

 

土堤(どてい)の下の うまごやしの原に

自分の顔は 両掌(りょうて)のなかに

ふりそそぐ春の光に

却って物憂く眺めてゐた

 

少女たちは うまごやしの花を

摘んでは 巧みな手さばきで花環をつくる

それを なは にして 縄跳びをする

花環が圓(えん)を描くと その中に富士がはひる

その度に富士はちかづき とほくに座る

 

耳には行行子

頬にはひかり

 

ヨシキリはヒヨドリと同じ「スズメ目」でそれこそスズメよりちょっと大きめくらいだが、鳴き声の喧(やかま)しさは同等かそれ以上である。『カエルの詩人』草野心平は、もう一つ『富士山』もこよなく愛し、同じ題名の詩集が二つ刊行されている。上に挙げた詩は第一集の方で昭和18年に刊行された。26篇の詩が収められているが、題名はなく一連の番号が付いているだけで、これは『作品 第肆(だいし)』いわゆる「四番目」にあたる。「光」、「色」、「音」、「静と動」が有機的に絡み合い、押韻(おういん)が効いてリズミカル、生命の躍動感に満ち満ちている。

 

なお、この詩は他の四編と共に多田武彦作曲による男性合唱組曲、『富士山』として1956年に発表された。とても素敵な曲なので「You Tube」にもあるから、一度是非聴かれることをお薦めしたい。

 

【写真下】大柄な割には小心者の『ツグミ』も、時にはやってくる。ひっそりとした感じで、木蓮の梢(こずえ)から『ヒヨドリ』が叫んだだけで立ち去ってしまう。

 

 

 

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1.古雅楽館で他に見かける主だった鳥は、「シジュウカラ」、「マヒワ」、「ウグイス」、「コゲラ」、「ヤマガラ」、「エナガ」、「ジョウビタキ」など。「カッコウ」や「ホトトギス」は鳴声だけ。

 

 

【写真上】『ハナズオウ(花蘇芳)』の実(豆果=「とうか」)を食べに群れでやって来た『エナガ』。『メジロ』よりも更に小さく、「チョコマカ」と移動して写真の撮り辛いこと夥しい。野鳥ファンの「愛されキャラ」として人気があるが、天敵が多くその暮らしは過酷である。

 

2.一つ一つの動作、行い。本来は「わずかな労力」の意。

 

3.植物学的には地中海原産の「マメ科」の帰化植物で、肥料や牧草にすることから『馬肥』の名がある。ただこの詩では、誰もが知っているポピュラーな草、『シロツメグサ(=クローバー)』を指す。こちらも家畜の飼料用としてヨーロッパから導入された。

 

4.『オオヨシキリ』。草原や芦原で大きな声でさえずっている。「行行子」は鳴声を漢字に当てたもの、夏の『季語』である。他に『コヨシキリ』という種類もあるが、鳴き声も含め、ずっと地味

 

5.1903年~1988年 いわき市出身の詩人。「もう蛙は止める」と言いながら、生涯にわたってカエルをテーマにした詩を発表し続け、その一つ「春の歌」は小学校教科書(国語)にも取り上げられている。昭和58年(1983年)に文化勲章を受章。

 

6.昭和15年か「富士」をテーマにした詩を発表し始め、18年に刊行された時は17篇だった。完結したのは昭和48年、30年以上に渡る詩作である。第二詩集は完結前の昭和41年に発表され、18篇が収録されているが出版社が異なり、重複した詩はない。

 

7.詩文で同種の「音」を同じ位置に繰り返し用いて、コトバの響き、美しさを印象付ける手法(=修辞法)。

 

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【トップ写真】先月15日に開催された「たびのレシピ 創立10周年」謝恩レセプションには、多くの来賓の方々がお越し下さり、誠に有難うございました。その折頂戴した、お祝いの「スタンドフラワー」。勿体ないので宴の終了時にスタッフで分け合い、古雅楽館は『デルフィニウム・パシフィックジャイアント』と『アルストロメリア・リグツ・ハイブリッド』を選んだ。どちらも花持ちの良さは驚異的で、玄関に飾ってから一か月経ってもこの状態であります。

 

 

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