【古雅楽館】 イコン Ⅱ

 

《続き》

 

ギリシャ正教を代表とする「東方教会」とカトリック教会・プロテスタント等の「西方教会」は「教義」は勿論だが、前回でも触れたように建築や芸術もそれぞれが個々に発展を遂げ独自の文化を開花させた。それらの中で『イコン』は「東方教会」のみに伝承されてきた『聖像画』で、「カトリック」など「西方教会」の美術やに『イコン』は存在しない

 

「東方教会」において『イコン』とは聖堂の修飾や祈祷(きとう)の儀式に使う道具ではなく、描かれた事象を信仰するための仲介役である。例えて言うとTVの様なもので、TVの有用性はそれを部屋に飾るのが目的ではなく番組や映像ソフトの画像を写す道具だからであり、人々は『イコン』を通じて「神」や「聖人の魂」に触れることができるとされる。

 

『イコン』が「東方教会」で重用された理由は上記含め諸説あるが、個人としては一般庶民に対する「教訓」を具体的に表す「絵本の教科書」的役割が大きかったのではないかと思う。何しろ当時読み書きができたのは僧侶や医者といったごく限られた階級だけで、フツーの人々は勿論のこと封建諸侯の王に至るまで『文盲(もんもう) 』であった。ちゃんとした記録はないが、恐らく『識字率』は10%を切っていたのではないか。

 

このような世界でキリスト教の「教え」を説くのに、難しいコトバだけでは庶民が理解出来ることはなく、「音声」や「視覚」効果がむしろ重要な伝達手段であった。「音声」は修道士達が歌う『聖歌』であり、「絵」は教会内部の「壁画・天井画」であり、そして「東方教会」では『イコン』。従って教会内部に飾られる『イコン』の数は多く、それらには聖書に書かれた事件や奇跡、聖人、天使の出来事が具体的に描かれ、一つ一つ眺め信じることによって神と出会い、救済を得ることが出来るとしたのだろう。恰(あたかもコンピューターという新しい「宗教」の大海で迷える「子羊」を救うがごとく指標として示される「アイコン」のように。

そう、もうお気付きの様にPC用語の『アイコン』は正(まさしく『イコン』を語源としているのだ。

 

 

【写真】階段室中段の壁にある、伝統的な板絵の『イコン』。15年程前、プラハの専門店で買った。

 

さて、例によって古雅楽館にも『イコン』がある。居場所はリビングダイニングだと既にエスニックの彫像やマスク等、異教の「カミサマ」達があちらこちらにいらっしゃるので、宗教的見地から好ましくない。それに『イコン』はひっそりとした空間にこそマッチするものと勝手に思いんでいたから、「二階廊下から玄関へ通じる階段室こそふさわしい」と増改築工事を行った30年前から決めていた。来るか来ないか(買えるかどうか)さえ覚束(おぼつか)ない時に、さも当然の如く階段室の壁面をプラスター塗の様な質感のクロス張りにしてまで凝ったのは、「神のお告げがあった」としておこう。

 

 

 

【写真】どちらも19世紀、ロシアで描かれた『テンペラ画』16で左は「三聖人」、右は「聖人の行い」だが,詳細不明(理由後述)

 

実際に古雅楽館へ最初の『イコン』が来たのはそれからかなり後のことで、それもひょんな巡り会わせだった。

 

現役時代、何度目かのロンドン出張の折、帰国前日が(形の上で)休暇につき、ホテルから歩いてすぐの『大英自然史博物館』へ行くつもりが、部屋に届けられた新聞に『オリンピア』開催中の広告を見つけた。『オリンピア』は世界の骨董商なら知らぬ人はいない「超有名・超高級」なアンティークフェアで、買い手を選ぶというか敷居も高く、古雅楽館も以前から知ってはいたものの一度も行ったことが無かった。それが何たる偶然か、本当に行けるチャンスが来たとは! 新聞広告はまるで向こうから古雅楽館宛の招待状みたいなものだった。それにチューブがホテル傍(そば)の駅から一本というのも出来過ぎの感がある。こうなると悪い血が騒ぎだして居ても立っても居られない、押っ取り刀で駆けつけました

 

会場に着いてびっくりしたのは、入場料がえらく高いこと、ディーラーもバイヤーも身だしなみが一流でラフな格好はNGであること、商品の質が尋常(じんじょう)でない程ハイレベルであること、従って一般庶民にはトテモ手が届かないものばかりが殆どであること、等々・・・。いやー参りました。(多分)これが最初で最後の機会でありましたから、ほぼ一日中会場を見て廻ったけど、これを凌ぐフェアは今でも見たことない。

 

こんな身分不相応なハイソの世界で自分に買える物はないし、あったとしても絶対買うまいと心に決めていたのだが、案の定もろくも崩れてしまった。会場の一角に宗教画だけを扱うスタンドがあり、商品のジャンル上それほど混んでいなかったのでゆっくり鑑賞していたのだが、他の客と取引が成立したばかりの「女主人」が興味津々とばかりコチラに話しかけてきた。古雅楽館『化石』の時もそうだけど、一般受けしないモノを熱心に見ている「日本人らしき」男は周りから浮きまくりで、やはり珍しいのだろう。この時も同じで、わざわざ『オリンピア』までやって来て『イコン』を鑑賞している東洋人は、本当のプロか余程の変わり者と映ったに違いない。

 

まあ「ダンマリ」を決め込むのも失礼だから儀礼的に受け答えをしている中、話が弾んだ挙句(あげく)「一つ如何?」と言い始めた。どうやらコチラを英国在住と思っていたフシがある。「ロンドンは出張先で明日、日本へ帰る」と答えると、「それなら尚の事、何か買って帰りなさい」と骨董屋にあるまじき商売熱心さだそれから雑談含め、なんだかんだ色々やり取りがあって、最終的に丸め込まれて買ってしまったのが19世紀にロシアで作られた、真鍮(しんちゅう)の『アンティークイコン』である。

 

 

 

【写真上左】真鍮の『八端十字架イコン』は階段室正面中央の壁に吊るしてある。【写真上右】『イコン』の全容。最上部は『八大天使』、その下は三枚の正方形パネル。通常の十字架、横線の上(『ハリストス』の上)に付け加えられた横線脇左右にもパネルが着く。下部、斜めの線は「足台」を表し、何故斜めなのかは参照。

 

庶民の古雅楽館にとって、おいそれと買える値段ではなかったが、「いつかは我が家に」と長年望んでいたし、一般的な板絵と異なり『八端十字架(はったんじゅうじか)』を中心に据えた金属製『イコン』である。見方によっては装飾された「十字架」と言っても良いが、以下メモに残る彼女の説明(要約)から・・・。

 

「基本はキリスト磔刑(たっけい)の『オーソドックス・クロス10』で、主に青銅を鋳型(いがた)に流して作られる。窪みには白や藍のエナメルを埋めて装飾。『イコン』としては「天使」や「キリストの生誕」を描いたパネルを周囲に装着するのが普通。パネルの数が多い程(アンティーク上)価値があり、更に『八大天使11』を上部に配置したものは極めて稀。あっても3人か5人、デリケートな作りなので破損したものが多い。材質が真鍮のものは青銅製に較べて遥かに少なく、全ての点で貴重な逸品である」。

 

 

【写真】十字架中心部。約束事の刻まれた文字(銘刻)は殆ど表現されている。『ハリストス』頭上にはラテン語『INRI』のロシア語(以下同じ)表示17、その上には二人の天使と「光栄の王」の略字18.十字架の左右に『ハリストス』の略号『ICXC19』、十字架の下は祈祷文20.十字架縦線左右、『ハリストス』の腰のあたりに「槍」と「海綿」21、他にも何ヵ所かに文章が刻まれているが、余りにも濃すぎるので省略。

 

古雅楽館はこのテの理にかなった話に弱い。「これを逃したら未来永劫(みらいえいごう)後悔すること間違いない」と何度も自分に言い聞かせ、それこそ「清水の舞台から飛び降りる気持ち」で手に入れた。「骨董市の醍醐味(だいごみ)は衝動(しょうどう)買いにある」とよく言われるがこの時も例外ではなく、負け惜しみではないが「銭失い」よりも満足感の方が先に立って、それは今でも変わらない。

 

下世話ながらコトのついでにもう一つ白状すると、オーナーの女性がこれまた古雅楽館が憧れていた英国の女優『シャーロット・ランプリング12』そっくりさんで、品の良さと抜群のファッションセンスは超一流。こんな美人に「多少負けるからどう?」と迫られたら断る方がどうかしている。この調子で商売してきたのかまでは聞かなかったし、いくら負けてくれたのか忘れてしまったが、「仰せの通りに従いました」のはオトコの悲しい宿命でありましょうか。

それからしばらくしてプラハで買った(本来の)『イコン』二点については、もう話が長くなるので同じくロシア産とだけ記すに留めたい。

 

ともあれ古雅楽館の『イコン』はこれらの三点で打ち止め、今後増えることはない。理由はただ一つ、「古雅楽館にとってコレクションの対象ではないから」。

 

 

 

【写真上左】木製イコンの『鑑定書』。チェコ語表記のみで制作年代や「作者不明」等は分かるのだが、由来についての記述はお手上げ。【写真上右】オリンピアへ行った翌年送られてきた招待状。入場フリーなのだが勿論行けませんでした。

 

真鍮製の『イコン』は(推測の域を出ないが)ロシアのどこか地方にある聖堂内部『至聖所13』を区切る『イコノスタシス14』に配置されたものらしい。或いは『イコノスタシス』前にある『アナロイ15』に置かれたものか。訪れた信者は祈りを唱えながら表面を撫でまわしたのだろう。表面はかなりすり減ってどれだけ沢山の人々が神の世界を崇(あが)め、魂の救済を得ようとしたのか、見る度に時間の重みが伝わってくる。

 

人々の想いがぎっしり詰まった「ホンモノ」を手にした以上、これを超える出物はまずあり得ないだろう。ヨーロッパの古美術店なら逸品に巡りあうチャンスもあるだろうが、日本で『アンティークイコン』を扱っている骨董商は殆どおらず、マーケットに出ることは滅多にない。ネットオークションで時折見かけるのは旧東欧諸国製の新品で、大抵素人受けしやすい「マリア様と幼子キリスト」の量販品だ。「まがい物」とまでは言わないが単なる「絵」(或いはお土産)で、アンティークだけが持つオーラが無いのは写真を見てもすぐ分かる。

 

 

 

【写真上】現存する代表的なイコンの美術本。一点見開き2ページで大判の写真と綿密な考証に基づく解説が付く。左の写真が「聖母マリアと幼子キリスト」の図。イコンでは最も多く用いられるモチーフだ。

 

階段室に飾られた『イコン』は当初のもくろみ通り、あまりにも景色に溶け込んでいるので、古雅楽館を訪ねるお客さんは今まで誰一人として尋ねる方がいない。何となく寂しい気もするが、『イコン』は本来美術品ではないので、反って目立たないのが本来の姿と言えよう。

 

かの地に数多作られ、心の拠り所であった『イコン』はやがて二十世紀に入ると「無神論」をとる政府に教会と共に弾圧されることになる。革命から冷戦へと続く宗教的冬の時代、(恐らくは)亡命者と共に数多くが国外へ持ち去られ四散したのは想像に難くない。この真鍮製 『イコン』も艱難辛苦(かんなんしんく)の末、英国にたどり着いたのだろう。更に作られた時には想像だにしなかった極東の島国へ連れられて、漸(ようや)く安住の場所を得た(と信じたい)。古雅楽館はキリスト教信者ではないが、階段を降りながら『イコン』の下を通るその時だけは敬虔(けいけん)な気持ちになってしまう。

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「西方教会」の中で「プロテスタント」は『イコン』を使用しない。「カトリック」では『聖画像』と呼び、描写、表現方法は「東方教会」の『イコン』と著しい相違がある。但し「東方教会」でも17世紀から今日に至るまで西欧の影響を受けた画法が普及し、余りにも具象的過ぎて『イコン』の性格から乖離(かいり)して質の低下を招き、毎ある度に伝統的な『イコン』の復興が試みられている。

 

2.(もっと)も、日本でTVの黎明期(れいめいき)である1950年代後半は14インチTVが20万円以上もしたので、それこそ床の間に鎮座(ちんざ)し、見ない時は金色の「房飾り」がついた『天鵞絨(びろうど)』のカバーがかけられていた。具体的な例は『ひよっこ』の『あかね荘管理人室(=富さんの部屋)』をご覧ください。因みにこの時期、高卒の公務員初任給は5,400円でした。

 

3.中世ヨーロッパの英傑(えいけつ)『カール大帝』も自国の「フランク語」のみならず公用語である「ラテン語」に精通し「ギリシャ語」も理解できたが、「読み書き」は苦手であった(出来なかったという説あり)。19世紀の英国で男性の識字率は約30%、パリでは10%(!)だったらしい。参考までに記すと、同時期の日本では男性が50%以上、女性でも約20%という推定値があり、江戸だけに限っては70%以上が「読み書き」が出来た。なお現在でも国によって識字率の差は相当あって、イタリアで新聞を読めない方は全国民の66%という数字がある(これってマジ?)。そう言えば、昔ナポリで現地のガイドから聞いた話では、「文盲のサインはでいい」というルールがあるそうだ。

 

4.正式には『オリンピア国際アート・アンティーク・フェア(Olympia International Art & Antique Fair)』。ロンドン・ウエスト・ケンジントンにある『オリンピア展示場』で年二回開催される世界でも最高水準のアンティーク展示即売会。最初に開催されたのは1973年で年一回だったが、91年から初夏・冬の年二回、約一週間に渡って開催される。世界中からの来場者数は毎回2万5千人を超える。100以上の出展者とあらゆるジャンルをカバーする3万3千点もの商品で埋め尽くされ、ガラクタは一切無し、最低でも数万円からの値がつく。

 

5.ロンドン地下鉄の呼び名。正式には『アンダーグラウンド(=The Underground)』で、『サブウエイ(=Subway)』は「地下道」のこと。

 

6.今年のウインターフェアは一日券£15.00だから2,100円でそれなりだが、当時は為替レートの関係で3,000円を下らなかったと思う。

 

7.「売り場、陳列場」のことだが英国式表記。日本では「ブース」と呼ぶのが普通。

 

8.店に入っても本を読んだまま顔を上げようともしない、商品を買っても「有難うございました」の一言もないなど、大体にして骨董屋は愛想が悪いものと決まっている。が、古雅楽館に限っては海外でそのような経験をしたことが無く、どこでもフレンドリーで懇切丁寧(こんせつていねい)な説明をしてくれた。

 

9.ロシアを含め正教会で多用される十字架。通常の十字の上にある横線は『ハリストス』の罪状書きで、正教では『光栄の王 = Царь славы』と表記。下部斜めの線は『ハリストス』と共に磔刑にされた二人の悪党の死後で、『ハリストス』から見て左側(我々から見て右側)「ゲスタス」は『ハリストス』を嘲(あざけ)ったので召されず、右側の「デュスマス」は救世主と崇めたので天国へ導かれた(福音書による)。

 

10.『八端十字架』の英語読みで一般的には 「Russian Orthodox Cross Crucifix」。最後の単語は「キリスト磔刑像」のことだが、発音は日本人にとって極めて難物。無理してカタカナで記すとクルーサァフィックス。またロシア正教会では他の十字架も多用されるので、『八端十字』を「ロシア十字」と呼ぶのは或る意味正確ではない。

 

11.ユダヤ教、キリスト教では最も有名な7体の「大天使」を、『七大天使』として認め崇敬を集めているが、東方正教会では更に一体加えて『八大天使』とする。天使の名前は『ミカエル』や『ガブリエル』が日本でもポピュラーだが、他の名前は馴染がないので省略。

 

12.代表作としては1974年公開(日本では翌年)のダーク・ボガードと共演した『愛の嵐』が有名だが、古雅楽館としては同じ年に公開された『(未来惑星)ザルドス』も捨てがたい。夫役のショーン・コネリーと共に老い死んで行く、ラストシーンに流れるベートーベン「交響曲第7番」は極めて印象的。

 

13.「しせいじょ」 宗教建築物内部の最も神聖な場所。「東方教会」では聖堂の一番奥にあり、聖職者とその補助者(いずれも男性だけに限られる)しか入れない。

 

14.聖堂内陣と『至聖所』を区切る壁で、『イコン』で覆われているためこの呼び名があり、描かれる表題によって『イコン』をどこへ配置するかルールがある。

 

15.聖堂内部にある『イコン』や祈祷書(きとうしょ)を置く台で移動可能。

 

16.目止めを兼ねて板に石膏粉末を塗って滑らかにし、ペースト状に練った顔料と「卵黄」、或いは更に「油」も加えて描く技法。

 

17.ラテン語「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」の頭文字。「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」の意で、ロシア語では「ІНЦІ」。但しこの十字架は最後の文字がІではなくНなので、「民族の王(=Народность  )」かもしれない。

 

18.で記した『光栄の王 = Царь славы』の略語。左が「црь」、右が「слвы」と表示。

 

19.ギリシャ語で、ICは『イイスス(Ιησους=イエス)』、XCは『ハリストスΧριστοςキリスト)』の頭と尻の文字で「イエス・キリスト」の意。

 

20.Кресту Твоему покломняемся Владыко, и святое воскресение Твое славимъ = 「我々は十字架と主の前に跪(ひざまず)き、聖なる復活あらんことを崇め奉る」

 

21. 左側の槍は十字架上のキリストの死を確認するため、わき腹を刺したとされる『聖槍(せいそう)』で、槍を刺したローマ兵の名から『ロンギヌスの槍』とも呼ばれ今も実存し、所有するものは世界を制するという言い伝えがある(もろ インディ・ジョーンズの世界!)。右側は『葦(あし)』の茎先に刺した『海綿』。キリストが息を引き取る前に居合わせた者が、酸っぱい葡萄酒を『海綿』に含ませ、『葦』の茎先に付けてキリストに飲ませようとした故事による(福音書でも異説あり)。

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【トップ写真】今年もバラの季節になった。古雅楽館の庭は植え過ぎでもうスペースがないため、皆「つるばら」。左奥にも三種類あるのだが、育成中につき来年にでも紹介予定(?)。

 

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