【古雅楽館】 絵を飾る

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我家は元々親父が建てた昭和の木造建築を二世代住宅として20数年前リノベーション、総二階に建替えたのでかなり変則的な間取である。改装時に工務店と相談し、構造重量を含め建物の強度計算を綿密にしてもらい、更にリダンダンシーの概念を盛り込んで、私達家族の住む二階の部屋は細かく区切らず、作り付けの家具などは必要最小限にとどめた。 なのでリビングは二面がガラス戸と窓、一方が壁とキッチンへの入口、もう一方は全面壁だけというハコである。その御蔭かどうかは分からないが3・11の際、建物自体のダメージは全くなかった。 本当は壁一面作り付けの本棚にしたかったのだが、そうすると本の重量だけでもかなりになるので諦め、その代り壁面には好きな絵を飾れるように天井部分にピクチャーレール、両側の壁面上部には棚を取り付けた。

棚はAVサラウンド時の『フロント・ハイ』スピーカーを想定して作ってもらったのだが、当時は実験を何度繰り返してもモノにならず、以来アンティークが占領している。最近新しいサラウンドフォーマットである『ドルビーアトモス』がホームシアター向けに発表されたので、今後の状況次第では再度スピーカーをセッティングするかもしれない。

本題に戻すとピクチャーレールは可能な限り左右に広げ、絵を何点も掛けられるようにしたが、欧米の住宅に見られるような天井から床まで壁面をアートで埋め尽くすのは空間にかなり余裕がないとクドイし、そればかり目立ってバランスがとれない。それに最初から絵を幾つも所有していた訳でもないから、住んだ当初は壁の真ん中に一つだけだった。それから数年そのままの状態が続き、やがて色々なルートで手に入れたコレクションも増えて、現在は三点展示が「標準」となった。

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【写真上】キース・レイノルズ 「Lumina Cove = 輝く入り江」 。古雅楽館の改築時、銀座「松屋」の画廊で購入した記念すべき作品第一号。色彩の微妙な諧調表現はレイノルズの独壇場だ。

絵が好きになった原点は60年以上前に遡(さかのぼ)る。小学校に入る前だったから5歳前後だったと思う。その頃母親が病気で長期入院し、母方のおじいさんに預けられていたが、居間(昔の家だから畳の和室)の壁に七十七銀行の一年カレンダーが貼ってあって、西洋名画が大きく印刷されていた。記憶にあるのは『マネ』の「笛を吹く少年」、『ラファエロ』の「麗しの女教師」、『ダビンチ』の「モナリザ」で、年代の順番は定かでないが一年間見続ければ否が応でも記憶の底にこびりついてしまう。

その後しばらく間があって、小学上級生から中学生時代に突然絵画に目覚め、学校の図書館で画集を取り出しては憑()りつかれたように古今東西の絵をむさぼり読み(「眺めた」という表現が正しい)、ほどなくして作品を一目見ただけで画家の名前を言い当てられるまでになった。『中二病』は絵の範囲まで及び、『シュールリアリズム』を論じ『ベルナール・ビュッフェ』をバカにするような言動で担任のセンセイから母親に心配と注意までされるありさま。その時分、わずかな小遣いを貯めて買った初めての「絵」が『カルズー』の『リトグラフ10(勿論印刷物)』だったのだから、今思えば我ながら何という「アクの強いガキ」だったか・・・。

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【写真上】 今回入れ替えた同じくキース・レイノルズの 「Eventide = 夕暮れ」。「Lumina Cove」とは明らかにミラーイメージの対を成す作品。リビング全景の写真↓を御覧になればお分かりのように、実物はもっと明るい画面である。彼の作品は大抵「雅語」を用いた詩的なタイトルが多く、ここにもセンスの良さが感じられる。

絵の論議はキリがないが、好みの絵は今述べたように大昔から『リトグラフ』か『シルクスクリーン11』の色数を抑えたシンプルな「風景画」と決まっていて、それは今でも変わらない。他にイラストやポスターも好きだし、『南宋画12』もかなり勉強したけど予算とインテリアの関係で一点も購入していない。油絵は大仰で場違いだし、チャラチャラした色遣いやモチーフ13ゴチャゴチャ詰めこんだ絵はワザとらしくイヤミなので、巷(ちまた)でもてはやされている「熱気球」や「イルカ」の絵は古雅楽館の嗜好範囲外。

しかし絵や写真、ポスターを部屋に飾る行為は或る意味怖いと思う。住人のセンスがモロに問われるからだ。それはフツーの家庭のみならず、カフェやレストラン、バーでも同じで、レイアウトも含め飾られているアートを見ただけでその店の品性というかグレードが忽ち分かってしまう。例えどんなに料理の評判が良くてもである14

昭和30~40年代仙台市国分町に『俵屋(たわらや)』という「超」高級クラブ(サロン)があった。最盛時にはスタイルを変えた店を何軒か展開していて、地元企業のお偉いさんや来仙された著名人の接待に必ず指名されるほど夜の社交界ではダントツの存在だった。当時若造の古雅楽館にはとてもかなわぬ「夢の世界」だったが、偶々或る縁があってお客様にサロンへ何度か連れて行ってもらったことがある。内装は豪華な『ロココ』調そのもの、『バーマン』も『ホステス』のサービスも洗練されていて最高級だったが、感動したのはトイレにさりげなく飾ってあった『ビアズリー15』の作品だった。19世紀に発明されたばかりの『ラインブロック16』で刷られたホンモノである。これにはびっくりしましたなあ。あの頃の仙台でビアズリー』を置いていたバーやクラブは何処もなかったのではないか。一流の店はやっぱり違うと実感した。

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【写真上左】ドートルローの「海霧」。画廊によっては違うタイトルで表示されていることがある。これも全体を支配する褐色系はもっと明るく複雑な色合いだ。【写真上右】メル・ハンターの「Holiday at Sky Farm = スカイファーム、冬の休日」。細部まで描きこまれたメッセージ色の強い作品。山の端に残る残照と瞬き始める星々、枯枝に止まる「ミミズク」、母屋に帰ってきたばかりの「ピックアップ・トラック」、トレーラーに重ねられたピックアップの轍の違いなど見飽きない。クリスマスを題名としているので、年が明ければこれだけ別の画と差し替える予定。

そこまでいかなくても絵を飾るとなれば、古雅楽館流として複製画ではなくオリジナルにしたい。自分が気に入ればいいのだから名の知れたアーティストでなくても構わない。但し↑にも記した様に、本人の感性が問われるから、選ぶ(買う)のは慎重を期したい。衝動買もアリだけど、その為には普段から自分の目を養っておくことは骨董を買うのと同じだ。それと重要なのは絵を買うのは自分や家族、部屋の為であって何処かの画商が煽(あお)っているような「投機」が目的ではない。大体にして現在トレンドのアーティストが何十年先も人気があって、その作品が購入した時より倍以上の価格で取引されるなどという「虫のいい話」は滅多にあり得ないことを肝に銘ずべきだ。

先だって連休の折、二年ぶりにリビングの絵を掛け直した。以前からそのつもりはあったのだけど、一日がかりなので中々その機会がなく、ようやく成し遂げた感じ。前の絵を清掃してプチプチで丁寧に梱包し、押入れに立ててしまう→飾ってあった壁面全体を掃除する→新しく飾る絵を選び(これがまた悩ましい)、タテヨコ凡その寸法を測って壁面レイアウトのバランスを考える→ワイヤーの長さとピクチャーレールに掛ける左右フックの距離を調整→絵を吊るしてみて全体のバランスと水平を再チェック。この一連の作業を一人でやるのだから、かなりの重労働だ。フックに吊り下げるのだけはカミさんに手伝ってもらったけど・・・。

今まで飾ってあった絵は三点とも『キース・レイノルズ17』だったが、今回は『キース・レイノルズ』に『メル・ハンター18』、『ドートルロー19』という異色の組み合わせ、画風は其々違うけれど共通するのは「静謐感(せいひつかん)」だ。どれも数年前から今年の春にかけて手に入れた「御下(おさ)がり」だが、新品同様のコンディションだ。リビングに展示するのは全て今回が初めてなので、ここ最近はことある毎に絵に見入っていることが多い。とりわけ仕事から帰って遅い夕食の後、大好きなオーディオにも火を入れずジンを舐めながら一人静かに間接照明に浮かび上がるニューカマーと心の中で対話する日常が続いている。

正に至福の時である。

【写真下】三点ならべた揃い踏み全景。昼もそうだが夜も照明の光が回りこんだり反射するので、じっくり鑑賞する時はシーリングライトを消してフロアスタンドだけにすると雰囲気抜群でアリマス。

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1. Redundancy=冗長性 狭義的には建造物や機械類・システムの設計における余裕を指し、その対象物に想定される負荷、および、要求される性能に対し、それより多め、大きめに設計された「余裕」や「余地」を指す。

2.臨場感を演出するため通常の2チャンネルステレオ以上にスピーカーを設置、専用のアンプで記録されたフォーマットを再生する。基本はフロント(通常のステレオと同じ)2本、センター1本、リア2本の計5スピーカーに超低音増幅用の『サブウーファー』を加えた5.1チャンネルが基本。古雅楽館ではフロント・リアはセオリー通りだが、センター2本、サブウーファーなしの変則セッティング。此処での『フロント・ハイ』はヤマハやSONYが提唱した独自の方式である。

.ドルビーラボラトリーが開発し、更に発展させたサラウンドシステム。基本は5.1または7.1チャンネルに加えて4本の天井スピーカー、もしくはスピーカー面を上方に向けた「アップワードファイアリング・スピーカー」を必要とする。専用のスピーカーも含め設置上の課題も多く、普及はこれから。

4.エドゥアール・マネ 西洋近代絵画の先駆となる画家のひとり。『印象派』を隆盛に導く指導的役割を果たしたが、本人は『印象派展』に一度も参加しておらず、別個に創作活動を行った。発表当時スキャンダラスな事件となった『草上の食事』、『オランピア』が有名で且つ代表作。個人的に好きな作品は『鉄道』と『フォリ―・ベルジェールのバー』で、後者はロンドンのチューブ「テンプル駅」に近い『コートールド協会美術館』で昔ご対面しました。「素晴らしい」の一言に尽きます。

5.ラファエロ・サンティ ルネッサンス最盛期に於ける芸術三代巨匠の一人として有名。37歳という若さで夭折(ようせつ)するまで数多くの作品を残したが、バチカン宮殿『ラファエロの間』にある『アテナイの学堂』は最も広く知られており、最高傑作と見做されている。ミケランジェロの『システィーナ礼拝堂天井画』及び『最後の審判』と並びローマを訪れたら絶対見るべし。

6.今更書くまでもなく、ルネッサンスを代表する「全ての学問に通暁(つうぎょう)する巨人」。芸術に興味が無い方でも名前だけは誰もが知っている有名人。因みに以前ANA(全日空)の社章はダビンチがデザインしたヘリコプターのコンセプトモデルである。これは全日空の前身である「日本ヘリコプター輸送株式会社(通称日ペり)」以来使用されており、「ダビンチマーク」として全日空の象徴であったが2012年春、現在の社章に改められた。

7.実際の表記は「シュルレアリスム」 日本語では「超現実主義」と訳されている。絵画の分野では現実から遊離した事象を様々な記号で表現、もしくは幻想世界を写真と見間違うほど精細に描き、見る者を困惑させる。前者は『ジョアン・ミロ』、後者は『サルバドール・ダリ』が有名だが、また別の話なので割愛。

8.第二次世界大戦後、一世を風靡したフランスの具象画家。モノトーンに近い色彩と突き刺すような輪郭線(りんかくせん)が独特のイメージを漂わせ、良くも悪くも分かり易い描写が特長。若い時に画風が確立し、以後評論家からマンネリと揶揄(やゆ)されることも多い。実際、古雅楽館が中二の時には美術雑誌に「既にビュッフェの時代は終わった」と書かれていて、それをさも我が事の様に吹聴していた(恥かしい!)。Wikiでも解説は思いのほか簡単な内容で、それが現在の評価を反映しているのかもしれない。

9.雑誌のイラストやバレエの舞台デザインで才能を認められ、日本も含む数々の受賞と叙勲を受けたフランスの画家。抽象と具象をミックスした幻想的な風景や人物をメインに、針のように鋭いタッチの描写が特長。

10.版画の一種で古くは『石版画』と呼ばれ、石版や金属(大抵は亜鉛)版に油性の強い画材で図柄を描き、水と油の反発作用を利用して印刷する。他の版画と異なり、原版には凹凸がないことから『平板画』ともいう。作業工程は複雑で面倒な部分もあるが、描写した通りに表現(印刷)されるので19世紀末にポスターが芸術作品として発展するのに大きく寄与した。現在でも多くの有名な画家が『リトグラフ』による表現を追求している。

11.孔版印刷の一種で原画をフィルムに直接描いたり、感光させるなどして版を作り『メッシュ』に密着させて製販(様々なプロセスがある)、印刷対象物にメッシュを下して『スキージー』と呼ばれるワイパー状のへらを動かしてインクを転写する。『メッシュ』はインクの保持に必要なためデリケートな素材であり、以前は「絹」を使用したが現在は合成繊維に代られた。これが『シルクスクリーン』の由来で今はシルク(=絹)が使われないことから、英語では『セリグラフィ(Serigraphy)』が一般的な呼び方である。なお古雅楽館【理科実験Ⅰ】で取り上げた「ガリ版」も孔版印刷なので『中二病』共々参照されたし。

12.中国山水画、二大様式のひとつ。宮廷お抱えの画家による峻嶮(しゅんけん)な山水画様式を『北宋画』と呼ぶのに対して、在野の文人が描いた柔らかい自由闊達な画を総称する。日本への渡来は『北宋画』よりもずーっと遅く、江戸中頃であったが文人墨客に好まれ江戸後期に全盛期を迎えた。

13.フランス語本来の意味は「動機・主題」だが、芸術作品上では更に突っ込んで「表現の動機・きっかけとなる中心的な思想」を指す。

14.パリの新進気鋭レストラン『ダヴィッド・トゥタン』オーナーシェフ、ダヴィッド・トゥタンはこう述べている。「当たり前だけど、レストランは料理だけでは完結しない。皿、カトラリー、テーブル、内装、すべてがひとつのコンセプトのもとに統一感のある表現がなされていなければならない」(月刊『料理通信』)

15.オーブリー・ヴィンセント・ビアズリー 19世紀英国のイラストレーターで詩人。オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿画が有名で代表作。装飾的かつ悪魔的な描写力は一世を風靡(ふうび)したが、僅か25歳の若さで亡くなった。因みに『俵屋』にあった絵は『サロメ』ではなく、単行本にした古代ギリシャ喜劇『女の平和』の挿画(切抜き)で、かなりエロティックなものであった。

16.線画凸版の一種でプロセスは次の通り。原画を写真に撮ってネガフィルムを作る → 感光剤を塗った亜鉛版で露光させ、洗浄すると描かれた部分のみが残る → 付着剤を塗って熱処理すると硬化した被膜となる → 版を酸で腐食させると感光部(画線部)だけが凸版状態となった原版ができる。グラデーションやグレーの表現が出来ない欠点があるが、逆に線画の表現に優れているので『ビアズリー』は画法を研究し独特のタッチを生み出した。

17.1929年シアトル生まれの海洋画家。荒れ狂う海やダイナミックに疾走する船よりも軽やかに航走するヨットを中心に描き、動きがありながらどの作品も極めて静寂な印象を与える。1988年世界のヨットレース最高峰である『アメリカズカップ』の公式ポスターに起用されてから一躍有名になり、以後オフィシャルアーティストとして公認される。現在はアトリエを米国東部ロードアイランドに構え、大の親日家でもある。

18.ミルフォード(メル)・ジョセフ・ハンター(1927~2004年) イリノイ州オークパーク出身のイラストレーター。少年時代から宇宙やロケット、航空機に興味を持ち、大学卒業後職を転々としながらテクニカルイラストレーションを独学で取得。1950年代SF雑誌表紙画の売り込みに成功し、航空機メーカー「ノースロップ社」の近未来航空機コンセプトアートを手掛けてからテクニカルイラストレーターの地位を確立した。1967年以降は『リトグラフ』を手掛けオリジナルの技法を開発、大自然を対象にした精細な画は今でも根強い人気を持つ。

19.ピエール・ドートルロー 1938年アルル生まれのフランス人画家。一瞬の時間を切り取ったかのようなデッサン力、移ろい易い色彩の変化を単純であるように見えながら、20色以上の重ね塗りで独特の世界を描き出す。日本でもその画風に魅せられる美術愛好家が多い。

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【トップ写真】仙台市の「木」、ケヤキは定禅寺(じょうぜんじ)通や青葉通が全国的に有名だが、長町にも「ケヤキ並木」がある。まだ若木だが会社へ通う市営バスの車窓から眺める日々は新緑・紅葉共に美しく、季節を感じさせてくれる。

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